短編 | ナノ


レンアイ大戦争の幕開け



 井闥山学院を卒業して早五年。

 大学をついこの間卒業したばかりの私の就職先は、地元から少し離れた静岡県に拠点を構える東日本製紙で、研修などで何度か顔を合わせている人ばかりといえど社会人としては新人の私は、学生とは違った業務と日々に言い方を借りるならば、忙殺されていた。仕事を早く覚えるために家に帰ってからもメモ帳を開いて、教えてもらった手順を往復してみたり。夕飯はコンビニで買えるガッツリめのものばかりで怖くて乗れていないけれど、体重計など乗った日には崩れ落ちる自信しかない。
 職場の先輩や同期たちは優しく、みな優秀で。息をつく暇もないままに迷惑をかけながら、今日もなんとか業務を終えて鞄を持ってエントランスに降りていた。人も疎らなエントランスには受付嬢の他に、入館証パスを首から下げた人が数名立っていた。ああそれよりも、お腹が空いた。さすがに毎日弁当をかっ込むわけにもいかず、近くに美味しいお店ないかな……とスマホで『近くのレストラン』と検索窓に打ち込んでいた、ら。

「お?」
「え?」

 通り過ぎた二人組の男の人の一人の明るい声が届き。いや、え、この声まさか。

「伊月じゃ〜ん!久しぶり!」

 振り向いたら視界に入るのは、特徴的な眉と犬のように笑顔が眩しい男もとい、もしかしなくとも同じ学院卒の古森元也だった。記憶にある姿より短い髪がいっそう爽やかさを醸し出しており、よれよれの私にはいささか太陽光並みに目がくらむ。「古森……あ〜〜そうだった、」朗らかな雰囲気に和みそうになるが、ようやく東日本製紙と聞いて喉に引っかかっていた何かが払拭できた。たしかこの男もバレーボールを続けながら、お呼びが掛かったチームにステージを移したんだった。

「うん、久しぶり。社内で見かけるのは初めてかも」
「まあほぼ俺たちは練習に詰めてるからなぁ。てかおまえお祝いの言葉寄こしたのに忘れてんじゃねーぞー!」
「う、ごめんて。勉強と卒論で頭いっぱいいっぱいだったんだってば。……となりの方は?」

 古森の向かいの佇む男性に見覚えはなく、とりあえずお辞儀して尋ねた。古森も首が痛くなるほど身長が高いけど、このひとも凄い高身長だ。

「あー紹介するわ、同い年!同じチーム!の、角名倫太郎だよ」
「ドーモ。お噂はかねがね、よろしく」
「伊月汐です。えーっと、角名くんでいい?」

 すらりとした体躯に、切れ長の目。ほんの僅かに猫背な彼の口からこぼれた訛り混じりの声は、どこか落ち着ける声色だった。すなりんたろう。東京で行われる大会には希望制の応援団にくっついて見に行くことが多かったけど、そこまでバレーに近かったわけじゃないからやっぱり聞き覚えがない。井闥山の試合しか見ていなかったのが仇となった。すると見透かしたように「稲荷崎、ってわかる?」「あ、宮ツインズの」「そーそー」フォローを入れられてしまった。あと、なんか角名くんから視線を感じる、のは何故だろう。視線をパンプスに落とした。あのさ、と声がかかる。

「俺ら、これから飯行くんだけど、伊月サンもいっしょにどう」
「えっ嬉しいお誘いだ、んん、でも」
「スキャンダルは気にしなくていーって!ただの元同級生との飯だぜ」
「……じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
「やりぃ。荷物置いてくるからちょっとまってて!」

 そう言うなり角名くんの腕を引っ張って社員ロッカーに進んでいく背を見て、首を傾げる。でもそれは久々の外食と、同年代であり顔見知りとの再会とひとりではない心地良さへの安心感に吹き飛ばされてしまい、言われるがまま奥まった場所に設置されたテラスベンチに腰かけて、今度こそ検索窓に打ち込んで調べ始めたのだった。



▽▽▽▽▽



「古森、いいよね。もう言っていい?」
「待って待って待って早い。早いわ」
「ちょーどタイプの美人なんだけど」
「早いって言っただろー!!」

 角名の素早い暴露に古森は自身のロッカーを開けて天を仰ぐ。
 高校の時は敵同士でライバルだった男と気兼ねなく話すようになって、古森はあることに気がついていた。これに関しては角名もだが。

 ────このふたり、好みがダダ被りなのである。

 言ってもないし伝える気はなかったが、伊月汐のことを好きな古森にとってエントランスで再会した時に、やべ、と思ったのだ。案の定いま自分の隣で読めない顔で荷物を片している角名は、伊月をいいなと知ってしまった。

「だって、ただの′ウ同級生なんでしょ?」
「ははっ!まさか。
 スキャンダルでとられるような関係じゃなく、俺はじわじわ落として行った先の関係がいいから。別に間違いじゃないんだよ」
「そう?早い者勝ちってことかー」
「抜けがけ禁止だかんな」
「出し抜いてこそのレンアイなのに??」


 桜の開花が待たれる春先の静岡にて。
 飄々、否、軽妙とした男たちの戦いの火蓋が、ここに切って落とされた。









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