短編 | ナノ


Spring - @



 春である。暦上では三月半ばにある春分の日から春らしいけれど、私はすでに三月になった時点で春なんじゃないかなぁと思っている。と、そんなことをまだぼんやりとした空気に包まれる電車内で、隣に立つ男にこぼせば物凄く興味が無いと言わんばかりの目で見下ろされた。
 たったそれだけではめげないしょげない私なので、今朝のテレビでやっていたわんこの話だとか親が花粉症でやばいだとか、取り留めのない話題を相手のあいづち関係なしに話し続ける。迷惑だったら無駄を嫌うこの男───佐久早聖臣は無言でその場から離れるのだ。つまり、そういうことだから。

「お前のテンション上がるとマシンガントークする癖、どうにかなんないの」
「なんないと思う!」
「…………」

 だからといって表情を歪めたりしないことにはなんないし、露骨に嫌そうな顔も平気でするんだけどもね。こういうのが佐久早ってかんじ。

「てか昨日誕生日だったじゃん!オメデト」
「あ〜〜、うん」
「どんだけ私に祝われたくないんだよ!」
「いや、そうじゃなくて。声が大きいんだってば」

 朝早い時間で乗客も疎らであったがお気に召さなかったらしい。祝われたくないのではなく、私の言動への注意だったため大人しく聞くことに口を噤んだ瞬間、バッグに入れたままのスマホが振動した。「あ、」

「古森からだよ」
「いちいち知らせなくていい」
「『誕生日おめでとう!この世に生を受けて17年!めでたいね!……って言っといてね』──だって」
「なんで汐ちゃんのとこに来んの」
「しーらない。古森の生態は未だに飲み込めてない」
「俺は汐ちゃんたちがよくわかんない」

 割と辛辣めな感想を頂いてしまったが、とりあえず古森のお祝いメッセ伝達は済ましたし、ちょうど最寄りについたので定期を取り出しながら先を歩く佐久早を追いかけた。駅の構内の広告には桜柄が多く、春が今年もやってきたなぁ。
 広告に目移りしてる私をちらりと振り向いてすたすたと改札を抜ける佐久早だけど、抜けただけでそこから先に行くこともないので、本当に佐久早の優しさは半歩ズレてると思うよ。私はね。

「始業式の日に高級梅もってくるから」
「いらない」
「そんなこと言わずに、市販のものだし家族も誰も触ってないからさ。あ、始業式といえば今年も同じクラスになれるといいね!」
「せめてひとりだけがいい」
「ふたりでお買い得なのに!?」
「喧しいんだよ、二人揃ってると」

 頭を抱えるような雰囲気を出す佐久早をけらけら笑い飛ばして、ほんの少しスピードを緩めてくれた横に並んだ。桜の花びらが地面に落ちているのも見える。

「えー、でもさ。それフラグっていうんだよ」
「へし折る」
「フラグってへし折れるものなの??」

 傍からするとくだらない話の応酬(確実に私がひとりで喋っているだけだが)は井闥山学院の校門前までつづき、佐久早とは更衣室の前で別れて、離れた場所にある女子更衣室の扉を開けて、深呼吸をする。
 中には先輩のマネージャーがいるのが分かっているので、とびっきりの笑顔を浮かべてドアを押し開けて、そして挨拶。

「おはようございまーす!!」



 ───完全に蛇足だが、私と佐久早と古森は華麗なフラグ回収の手によって二年連続同じクラスだったし、貼り出されたそれを見て古森と爆笑してしまったのは致し方がないと思う。

 こうして、井闥山学院高校に入学してから二度目の春が訪れた。









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