短編 | ナノ


踊れるウワサ



「あの……っ治くんのことが好きやねん。私とつきおうてください!」


 まるで鈴が鳴るような声音が、澄み渡った青空の下で響いた。


 間違いなく、高校生にとっては心が弾む告白だ。しかも女子生徒は二年の中でもかわいいと評判の子で、他人事なのと野次馬根性で素直に心からおぉ〜と感嘆する。それが周囲に誰もおらず、誰にも聞かれていない場所でもあったのなら、尚のこと。詰めが甘い。というか治、食べかけの惣菜パンを持ったまま応じるな、アホちゃうか。

 ───さてお分かり頂けただろうか。私は告白現場にいてはならない第三者であって、すぐ立ち去った方が身のためではあることを。が、残念なことに何もできないのだ。第一に今いる位置は屋上の奥まった箇所だし、階下に繋がる扉はひとつしかない。まさか向かい合う男女の間を通って帰るわけにもいかないし。そして第二に、そのためだけに昼休みを無駄にしたくないという気持ちだ。というかこれが八割を占めている。
 だってだるいやんか。勝手に告白場所を屋上にしていて、先客がいるのを確認せずに始めた方が普通にあかん。やから私はてこでも動かんし、弁当を食べながらそれを聞いていた。……いや私だけやないか。そうそっとこぼした途端。「オッホホ、治じゃん」寝起きとは到底思えん溌剌な声が隣から届いて、そっちを見る。

「起きんの早ない?」
「面白いのが起きてそうだなって思ったら起きれた」
「レーダー怖すぎひん」

 よっこらせ、とシート上で寝転がっていた体勢から上体を起こし、少し距離を縮めて告白シーンをおもしろおかしく見ている男の名前は角名倫太郎。一年の時から一緒にお昼を食べる仲で、以上でも、以下でもない。

「治多いね、何回目?」
「今月に入ってからは五回くらいは見とる気がする」
「え〜〜〜なぞすぎるんだけど」
「知っとったけど、あんたちょくちょく失礼やな。……知っとったけど」

 本気で腑に落ちないという感情を顔に貼り付けて、けたけた笑う角名は私の反応に何故か噴き出すように口元を押さえた。なんなん。

「まあ基本は気ままに過ごしてるし、あいつらの隙はどれだけあっても足りないくらい」
「怖すぎひん?友達になりとうないな」
「ひどいな、伊月さんの隙はあるにはあるけど使い道がなぁ」
「あるんかよ、え、まって怖いんやけど」

 聞き捨てならない台詞に問い詰めんと近づくが、「あー、あとね」すっと男にしては色白の指が治の向こう、……告白している彼女を指し示して。そうしてにんまりと笑った。あ、これはだめだ。

「あの子、SNSで裏垢あるしめっっちゃ愚痴と悪口やばいよ」
「やっぱあかんやつやった!」
「シッ」

 確実に私が知ってはいけない内容を、さも当然とばかりに暴露した角名に憤慨するより先に大きめの声が飛び出た。咄嗟に両手で覆い、そろりと視線をふたりに向けるが、どうやら気づかれなかったらしく、胸を撫で下ろす。
 え、えぇ〜〜あのゆるふわな見た目をした彼女が?人間の悪意とは無縁です的な顔をした彼女が?裏で愚痴などをしてるん?ほんまに?人ってこわいんやな、あたりまえやけど。

「……角名、敵に回さんようにしとこ」
「なんで(笑)」
「たぶん情報戦では負けるし、悔しいけど校内知名度で言うたらあんたすごいもん」
「褒めてる?」
「褒めてる褒めてる、ちょっとは」
「ちょっとかい」

 いつ見てもスマホを手放さない角名の情報網羅能力は舐めたらあかん。アイドル並みの人気を誇る宮ツインズとは別枠の人気を誇ってるこいつは、普段はやる気なさげな空気を醸し出してるけどやる時はやるし、やると決めたことは最後までやりきってまうやつだ。
 かなり告白話から逸れてしまったが横目で確認すれば治と彼女の話も終わったようで、彼女につづいて治も階段へ向かっているのがわかって食事を再開させるかと箸をつまむも、視線を感じて、再び角名を見た。「なん?」

「伊月さんって俺が影響力あるように見えるんだ?」
「うん。やってそうやろ?」
「ふ〜〜〜ん?」
「まじでなんなん?」

 煮え切らない態度に無意識に眉をひそめてしまい、ごめんごめんと軽く謝られる。私を見る目が細められていき、先程の笑みよりも深くなった口元が弧を描く。

 ……いや、まった。なんで。

「だったらさ」

 なんで、そないにええこと思いついたみたいな顔しとるん。
 黒いスマホで緩んだ口を隠すみたいにして、角名は私を呼んだ。ご丁寧に、いつもの苗字呼びやなくて、名前の方を。

「───汐と俺が一年から付き合ってるって噂、流したら俺が勝つってことじゃんね?」

 蠱惑げに微笑んだ角名は、私を試すように見ている。
 伊達に長い時間過ごしたわけじゃない。本心で、こんな嘘みたいなことをするような奴じゃない。つまり、こいつは。
 こいつは、本気で、やる。
 だけど冷静な思考を保てたのはここまでで、体は正直者のせいで箸が床に落ちるわあんぐりと大口を開けてしまうわ、ふるふると肩口が震えて、最終的には叫んだ。そりゃもう、腹の底から、全ての教室に届きかねない声量で。

「はぁ!?」


 いやもう、なんか、角名こわすぎる。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -