きっと僕らはこれが正しい.
「なんでベッドから起き上がってんだよ客をもてなそうとすんな馬鹿かよ」
夏真っ盛り。本日も切れ味が鋭い。
ボキャブラリーが早々に尽きないそれはたとえ彼女であっても適用されるらしい。別に悲しくはない。この人はそういう生き物だと生まれた頃から学んでいたので。「まあまあ珈琲くらいは出すよ」そう言えば人を日本海に沈められそうな凶悪な目つきで舌打ちされた。怖すぎ。マスクの下の顔がどうなってるのかはさすがに見れない、怖すぎるので。
「あ、コーヒーパック切らしてた。オレンジジュースかビールしかない、オレンジジュースはちなみに先週ネット通販で最後の桁を間違えたから段ボールである」
「馬鹿かよ」
「シンプルな罵倒」
キッチンに置かれてるコップに注いで目の前に出せば、ぎっと睨まれた。いや心配性過ぎる。白布に連絡したのは病院の薬を飲んでしばらく経った時だから体調も落ち着いてるのに、繰り返し説明するけど眉間のシワはとれてくれない。「へらへら笑うな、とっとと寝室戻れ」人の笑顔をへらへらって言うなよ、彼氏だろ。
が、まァ風邪なのは事実であるし。これ以上忙しい時間を割いて家にまで来てくれた白布に移すのは本意じゃないので、空になった(結局飲んでくれる)コップをシンクの片隅に置いた。踵を返そうとしたら無言で椅子の背もたれにかけていたカーディガンを肩に羽織らせてくれた。
「白布そういうところあるよね」
「は?」
一言で黙殺される。
よれたシーツに身を沈めて、大人しく布団を被って、勝手知ったる動きで冷えピタと体温計を取り出す背中を見つめていれば「視線がうるさい、寝ろ」と言われた。
「……手は繋いでくれないんですか、けんじろーくん」
「クソ暑い日に?」
「それ言ったらおしまいだと思わない?」
思いつきのおねだりに辛辣めの返事をする白布は、やはり白布だ。手渡された体温計を脇に挟む。
「衛生管理、規則正しい生活、良質な睡眠を心がけろよ。寝不足と過労からの熱風邪」
「先生にも言われたな」
「責任感が強くて意外に真面目なお前だから積極的にはなれないだろうけど、無理すんな。休める時には休め」
どうやらここ最近仕事で忙しいのを見抜かれていたらしい。「あと」
「ん?」
「俺の人生設計だとしわくちゃになってから汐を看取るって決めてるんだよ」
「人の死期すらも定めてんの?」
背を向けたままの白布の様子は伺えずとも、真剣で本気なのは声で分かる……いや待って。
いつものやりとりでツッコミをしてしまったけれどそれ、それって。
「…………プロポーズみたい、だね?」
あ、白布の耳が真っ赤になった。