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「あ」
「…………」
「え、梟谷のセッターじゃん。なにしてんの?」
癖毛の黒髪に見覚えがありすぎる。さほど表情の変化が見られない深緑の目は俺に一度寄せてから、無言で隣の───聖臣に向けられた。セッターらしく読ませない色が浮かぶ眼差しに、聖臣はただ見返していて、およ? と好奇心が疼く。
たまのオフの日。従兄弟だからって常日頃から一緒にいるわけじゃない俺たちが揃って、井闥山方面から少し離れた三駅先の街中にやって来ているのはひとえに聖臣の姉ちゃんの誕生日プレゼント選びのためだった。それなりにいいお値段の化粧水をお年玉で購入して、喉乾いたしスタバに行くか〜〜というのが経緯だ。
まさかと思う反面、冷静な部分が確かここから最寄りの駅は梟谷学園が近かったなと答えを弾き出した。
ここで無視するのは明らかに変なのは理解しているのか、セッターくん……赤葦くんは手元の季節限定の焼き芋ブリュレフラペチーノを見遣り、それから引き結んでいた口を開く。
「……テスト勉強の息抜き、かな」
「へー! てかそれ美味しそうだね、俺もそれにするわ〜。聖臣は?」
「いらない」
一刀両断。取り付く島もない返事にへらっと承諾の意を示して、さほど並んでいない列へ歩を進めようとして、「あれ?」これまた聞き覚えのある声が斜め前から届いた。伊月さんだ。
「汐、おかえり」
「ただいま、……じゃなくて、佐久早くんと古森くんだよね」
さっきは見えなかったが赤葦くんの向かいの椅子にポシェットがあり、なんとなく、このふたりの関係性について見えてきたような気がした。選手としての赤葦京治しか知らないが、親しげに、しかもどこか甘やかしを含んだ声色に、俺は内心うわうわと一歩引いて反応する。
そうしたら隣で無言を続けていた聖臣が動いた。
え、なに。
「汐ちゃん」
汐ちゃん?!
「久しぶり、佐久早くん」
そして伊月さんも普通に対応すんのね!? いやそんなに経ってないかー、と軽やかに聖臣と会話をする伊月さんに驚いていれば(聖臣にもびっくりしているが)、視界にストローでフラペチーノを飲みながら伊月さんたちを、たぶん正確にはそれぞれ個々を横目で見ている赤葦くんが入り、再びうわぁと吐き出した。
うわ……まじで?? ってちょっと、おいどこへ行く。
「聖臣!」
「なに」
「なにじゃないだろ、どこ行くんだよ」
「買ってくる」
「何を?」
「汐が勧めてくれたやつ」
「はァ?????」
それ以外ないだろと言いたげな目線を寄越す聖臣に、盛大に溜息をつきたくなった。
だって露骨!! 露骨すぎるだろこいつ!! いつも誘っても身も蓋もなく嫌がって断るくせに!
「えー俺まだ状況理解追いついてないんですけど……」
「安心しろよ、一生理解する日はない」
「あー……ええぇ……、…………いや、聖臣、お前もこどもじゃないからわかってると思うけどさ、赤葦くん絶対そうだぞ」
謎の意地で直接的な単語を出さなかった俺をだれか褒めて欲しい。淡々とメニュー表に指をさして注文を済ますから、便乗して焼き芋ブリュレフラペチーノを頼む。目を細められた。そこで会計のために口を噤む聖臣から、さっきの席を振り返る。自然な笑顔をお互いに浮かべて話をしているふうな彼らは、おそらく、幼馴染。カレカノだったらもうちょっと聖臣に対してきちんと牽制するはずだから。
誰が触ったのか分からないお釣りを嫌う従兄弟がプラスチックを受け取ったのを見て、空いてる席をちらりと見渡した。
「デートじゃないんなら、」
「お?」
「あいつに関係ないだろ」
続いていたらしい。聖臣の発言に口元が引き攣った。
認めたも同然だった。
そっかぁ、そっか。ん〜〜そっかぁ〜〜!
申し訳ないことにストロベリー&パッションティーフラペチーノが世界で一番似合わない姿に爆笑しながら、俺は考えることを放棄した。
「…………あまったるい」
「そりゃそうでしょ!!」
いやこいつフラペチーノまじ似合わねぇな。