短編 | ナノ


こいのおまじない



 珍しいこともあるもんだな、と素直に思った。

 私が知る中でも群を抜いて身長の高い佐久早くんの体が横たわっているのが、ちょうど自販機で二人分の飲み物を抱えて戻ってきた時に見えて、毎日部活に精を出してるし疲れちゃってるよなぁ、とも考える。気配に敏感な彼が地面を踏む音に気づかずうたた寝をしているのは、なんだか新鮮で、意識的に足音を立てずにその隣へ腰を下ろした。その動きでも起きる様子はなく、ついまじまじと普段お見かけできない、あどけない寝顔を見つめてみる。私の家から持参した花柄のレジャーシートでは足がはみ出てしまうからか、猫背に少しまるまっているのも分かって、ふふと頬が緩んでしまう。
 そもそも、私と佐久早くんの関係がただのちょっと仲のいい友達からランクアップしたのは、昨年の学院祭の後夜祭からだった。あとから聞けば古森くんがかなり裏で糸を引いていたようで、佐久早くんの冷ややかな目がしばらくの間突き刺さっていた。そんなこんなで男女交際を開始した私たちではあるけれど、巷で聞く甘々カップルとは程遠く。……というのも、お互いあまり人前とかそうじゃないにしてもべたべたするのを好む性質じゃなかったのだ。そしてなにより、佐久早くんは雑誌に特集を組まれるほどバレー界で有名人であって、一度大会を見に行ったことがある。
 そこで。
 ーー佐久早くんにとってのバレーがひどく大きいものなのだと知った。関東の佐久早。そう呼ばれるのが頷けるぐらい、素人目で見ても彼は強い。それでも、たとえいちばんとか、そういうものになれなくても佐久早くんは私を大事にしてくれているのは明白だった。
 今日だって、放課後の部活がない貴重なオフなのに『外でのんびりしたいな』と以前零したのを覚えていたらしく、帰る時に「行くぞ」って。突然決まったからシートしか見当たらないままこうして人気がない公園まで来ていた。
 亀さんもびっくりなゆっくり歩きの恋人関係。
 そんな私たちは、もうじき交際から一年が経とうというのに、手も繋いだことがなかった。

「怒るかな……」

 つぶやいて、きれいな指先に視線を落とす。寝ているせいかゆるく握られた手は、やっぱりというべきか、傍目から見ても大きい。
 先ほどべたべたを好まないと言ったが、まあ、その、私も一介の女子高生というやつで。鞄にしまってあるウェットティッシュで手は拭ってあるし、それからは何も触っていない。たぶん、ちょこんと触れただけでも佐久早くんは起きてしまうだろうから、勝負は一瞬だ。
 ああ……でも顔をしかめられたり嫌そうな目はされたらいやだな、……でもチャンスは逃していいものなのか………………いや待って、幾分か夏より過ごしやすくなった秋の風に、眠気を誘われて眠っている佐久早くんを起こすと理解していてちょっかいをかけるのはいかがなものなんだろう。もっと顔をしかめられるかもしれない。
 うん、やめた方がいいかも。また次の機会にでもーー。「ふっ、」
「……え、」
「………………」
「……おきたの」
「ううん、おきてた」
 なんと。
 あきらか私ではない声に再び視線を落とせば、百面相していた間に佐久早くんの瞼が持ち上がり、黒く、深い、黒曜石のような双眸が私を捉えていた。あの無言の意味は少し私を観察していたと見てもいい。つまり、恥ずかしいところを目撃されたということだ。
「俺の手、なにかついてた?」
 しかもどこを眺めていたのかもバレている。
「やわらかい関節が、ついてるね」
「ふーん?」
 探る目付きにう、とうめく。恐らく佐久早くんは私が何をしたいのかを分かっている。かくしごとは、したくないな。
「あの、さ」
「うん」
「手、繋ぎたいって言ったら、おこる?」
「おこんない。けど、」
「けど?」
 しなやかに上体を起こした佐久早くんは、ゆっくりと座ってる私の頬に指を添える。近くなった距離にたじろいで、静かな眼差しが鳶色の私の目を射抜く。そこに拒否の色や、忌避の色はない。
「……俺の方が、つなぎたいって思ってた」
「……ふへ、」
「何その声。変なの」
 柔らかく頬をゆるませる表情に、一気に勇気が出て。すりすり、すりすり。おだやかに撫でてくれる指先に、自分の指でふれて一拍、握らせてもらった。当然のことながら一本一本の指は私と比べ物にならないほど長く、爪も一定のバランスで整っていた。
 いま、この指は。バレーから離れた指は。私をーーーー恋人の私にだけに与えられている。「……っ!!」それだけの事実にぽぽぽっと熱がうまれるのを感じて、さっと俯く。けど佐久早くんは見逃してはくれない。顔を覗き込まれて滅多にない上目遣いにより熱が体中を回り、叫んでしまいたかった。
「かわいい」
「ひぃ……た、タイムアウトを……」
「いいよ、十秒ね」
「みじかっ!!」
 律儀にカウントをし始めた彼に大慌てでなんとかしてどうにかしようとするが、着々と数字が減っていくのにあわあわし過ぎてええいままよ! とぎゅっと目を瞑った。熱い。
 あつくて、しんでしまいそう。すきが溢れて、自分が自分ではない感覚が心臓を締め上げている。
 永遠のような時間が過ぎ去ると同時に。「ゆっくり顔上げて、そう、いいこ」耳元に掠めるおとこの声は、正直な態度に変化させるような魔法がかかっていた。だけど、とけないままでいい、とおもった。
「…………きよおみくん」
 おそるおそる目をひらいて、自然と呼べた聖臣くんの目と合わせる。私に侵食する熱とまたちがう、ちがう何かの熱が、まるでふれあわせている指から指へと伝播するみたいにお互いへ行き交う。
 言われずとも、今度は落ち着いて伏せられた。衣擦れの音が届いて、それから、唇に押し当てられた感触にどうしようもなく、泣きたくなった。

 まほうがあるのなら、とけないままでいい。
 だってそれは、わたしと聖臣くんを結ぶ、こいのおまじないだから。









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