短編 | ナノ


永劫世界、神さまの言うとおり



※ふんわりパロディ ※バレーしていません
※愛が激重で、執着深い北信介と、それを間近で見てしまった角名倫太郎の独白です。
※名前変換が出てこない。




「みつけたで」

 ───そう言った俺や双子狐などよりも神格が高いこのひとの顔は、大切なものや宝物といった何かに向けるような寒く言うなら慈愛に満ちた表情ではなく、うっそりと仄暗い執着心に囚われたようだったのを今でも覚えている。


▼▼▼▼


 紅葉が燃える秋の暮れ。
 吹き込む風が地面に散乱する葉々を巻き上げ、遊んだ後は何事も無かったかのように消えていく。四季折々、春夏秋冬において移り変わる生い茂った自然が目立つこの場所は、稲荷山と呼ばれる。登山客は限りなく少なく、人工の道などが見られないこの山はひとつの神社を擁しており年中問わず、それに与する妖たちが笑い声を上げて駆けずり回っていた。
 その様子を、千年樹から伸びた太枝に腰掛けて見下ろす姿勢の気狐──名は倫太郎といった──は退屈だと言わんばかりの眼差しだった。幾つかの試練を突破してつい最近【気狐きこ】となったばかりの彼に下る託宣は無いに等しく、無意味に日々を過ごしているためだ。ならば人里に降りるのが大好きで時おりちょっかいをかけてはきゃらきゃらと笑い、追いかけられてる双子狐に同行した方がよかったかもと思いながら、そんな気にはなれなかった。なぜそう思うのか、それも、なんとなく倫太郎は既に答えを得ていた。
 稲荷山は、狐神たちの居所。そして、倫太郎らが従うべき【天狐てんこ】の代替わりがすぐそこまで迫ってきていた。別に異議も不満もなかった、が。それなりに生きて、それなりに狐神であることを楽しんできた倫太郎はほんのわずか、微かにひっかかっていることがあった。

「…………?」

 ふと、今まで駆け回っていた妖たちの声がやんだ。
 聴力に優れる狐の耳をもってしてもその他の異常は判別できずに、予備動作なく降り立ち、山の入口方面に視線を遣る。遠くを見渡せる心眼を使用してみれば真紅の鳥居をくぐり、頭を下げる人の子が視えて無意識には、と息がこぼれる。
 ────稲荷山には表と裏がある。迷い人は躊躇いなく表に通じる道を選ぶというのに、この人の子は、軽々と裏へとつづく境界線を見つけ、果てには踏み込んでいたのだ。「まじかよ」倫太郎より力と指示権を有する狐は現在、伏見大祭の準備で出払っている。タイミングが悪すぎた。鳥居を視覚で捉えることができるのなら、十中八九、倫太郎たちの姿も視認可能だろう。とりあえず逃げ惑う妖たちを連れて境内に隠れるか、と隠蔽の算段をつけた。
 類まれな見鬼の才を持った人の子は、滅多にいない。
 そう、例えば幼い頃……それこそ赤子の頃から狐神と面識があり、加護を受けた人の子か、こちら側、、、、に見初められた人であるか。
「――……まさか」
 脳裏に過ったあるひとつの可能性に、首を振る。違う、そんなはずはない。まるで駄々を捏ねるこどもみたいに可能性をないないと首を振るも、決して馬鹿ではない倫太郎は知っていた。これは既に、自身の願望にすぎないことを。挙句、自身の直感が並大抵のものでは外れないということも。
 隠れ場に誘導しつつ、倫太郎は思う。今からすることは監視であり、それ以上でも、それ以下ではないことだと。先程視た人の子が十数年前の存在であるなら、尚のこと。
 ガシガシっと後頭部を掻きむしって、己の耳としっぽを格納する。情けなく指先が震えているのが見え、自分で驚いた。
 怖い? ───なにが?


「……あれ?こんにちは」


 何度でも言おう。気狐は、聴力に優れている。
 声だけで分かってしまった。この人の子が、彼女は、できることなら気にしない振りをしつづけていたかったあの子≠ナあると。やはりというべきか倫太郎をしっかり捉えていて、無視をするのはおかしく、なるべく自然な感じ動作で視線を声の方へ向けて───吐き気を催した。
「うん、こんにちは」
「この山に何度か来てるんですけど、私以外の人がいなくてびっくりしました。ええっと、あなたは」
 白のブラウスに薄桃のカーディガンをまとい、紺のスニーカーを履き、相手の目をはっきりと見て話す姿。それだけなら普通だった。実際、なんの力も持たない奴が見ただけではただそれで終わる。しかし、倫太郎はそうじゃない。数十数百数千もの絡みついた乳白色の糸が彼女に巻きついているのが、視える。さらに、なにより。……なにより。
「……あんた、その毛先は染めてんの?」
「え、あ、目立ちますかこれ?」
 そうだと頷いて欲しい。嘘でもいいから。
 だが、世界は無情にも。
「赤ん坊の頃からそうなんです。地毛、といってもあまり信じてもらえないことの方が多くて、でも、きれいですよね」
 きれい? どこが。吐き捨てそうになる。
 胸元まで伸ばされた黒髪の毛先は、糸と同じく乳白色に変化していて。口元が引き攣りそうになる。どこまでも似ている。似すぎるその様は、異質で、異様で、不気味極まりない。
 舌が乾く。喉が痙攣したようになる。繰り返し、繰り返しだが倫太郎は馬鹿じゃない。賢く、気狐になれるほどの実力を持った狐神だ。理性と本能がそろって同じ回答が心の中で生まれる。いけない、この場に残らせてはいけないと警鐘が鳴り響いている。有無を言わさず、境界内から追い出さなければ、逃げさせなければ────。

「なにしてん、りんたろう」

 めまいが、した。
 背筋が凍りつく。何かを威圧する気は出していないのに、後ろを振り向くことができない。でも振り向かなくてはならない。俯き気味に緩慢と首を後ろにやって、ああ、と諦観のこもった息がこぼれおちた。
 倫太郎や双子狐、下位の妖に指示を出すいつもの真顔に見えるそのかおの、もっとその奥。
 狐神として生を受けていままで誰にも、それこそ天狐にさえ告げていなかった能力が真価を発揮した。いつわりと偽装を暴き、深く沈んだ感情を掬いあげる眼を、倫太郎はもっていた。もって、しまっていた。

「……話を、していただけです。信介さん」

 恍惚。丸ごと呑み込まんとする欲望。何があっても執拗に囲い込み、手を掴んで離さない執着。

 心底、心の底から、おんなに同情した。どの事象にも成り行きそのままを見届けていた倫太郎すら、無縁だった同情という言葉が芽生える。この調子では、因果律も転生も死期も、次なる天狐となる────信介のおもうがままだ。
 そっと、彼女と同様に毛先が黒い信介から視線を外して、思う。


 このおんなは、一生、神さんのものだと。









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