短編 | ナノ


謹んで辞退申し上げたい。



 前世の記憶というものは、どうにも残酷である。高校2年になってから思い出すってどんな鬼畜。どんなに頑張っても彼から逃れられないじゃないか。

 どうもみなさんこんにちは。モブ子です。え? どうせ関わり合いを持つんだろ知ってる知ってるって?
 関わらないに決まってんだろJK。いくら同じクラスだとしてもまず主人公や、ヒロインちゃんと親友ちゃんと話したことすら────あるな、あるけど、アニメのキャラで例えると本当に脇役。彼らを際立たせるためだけの道具だ。そうであってほしいと願って、腹時計でいえば既に33ヶ月も経過していた。そう、つまりはサザエさん時空。成長も何もしないくせに食欲とか消化とかされるからホント不思議。授業とか、物語の進行によって勉強範囲が進むらしく、毎日毎日同じ授業の繰り返しで正直めんどい。定期考査とかもれなくトップ。うわ、最低な経験を積んだ上でのトップとか言わんといて。虚しくなる。
 
 今日もテレビから米花町で起きた事件の報道がされている。犯人の実名、動機、被害者の実名。全部の事件を覚えているわけではないから、印象深かった人の名前が出てくると、ああ今このあたりなんだなあと思った。
 事件が起きそうな場所には注意して行かなかった。用事がない限り、必要最低限の会話しかしなかった。私には自分の命だけを守る腕しかない。頭しかない。足しかない。補正がかかっている毛利さんや鈴木さん、コナンと違って私はいつ死んだって代えの利く人形だ。こちらが注意しなければ死神に魅入られてしまう。
 サザエさん時空に入った時点で米花町から逃げられることはできない。ではどうするか。関わらない、という選択しか、できなかった。

 ───今日も今日とて、私は何も知りませんというかりそめの仮面を被って生きていく。

◆◆◆

 前世の記憶があると言っても飛び飛びな部分も多い。例えば江戸川コナンが工藤新一であるとか、灰原哀が宮野志保であるとか、毛利さんは空手の大会で優勝した強者だとか、組織のボスのメアドを少し知ってるだとか。誰か何をして殉職をしたのかとか全く覚えていない部分もある。前世と言っても何十年前のことだと思ってる。漫画だけで生きてきたわけではないぞ。
 私は絶対死にたくないし、大怪我だってしたくない。骨折も捻挫も、切り傷だって。血を見るのでさえ苦手だ。

 だからこそ、日々注意して生きてきたというのに……。

「雪村が逃げ出そうとしている、見つけ次第、情報を持っていないか確認した後に殺せ」
「はあ。あの人、逃げ出すんですか」
「まあ無理もないわね、ジンが可愛がってたみたいだから」

 どうしてここに組織幹部がいるの!! ジンにバーボンにベルモットにウォッカ!! 特にやべえのが銀髪のお兄さんだよ!! 疑わしきは罰せよという家訓(家訓と言っていいかわからないけど)を一番遵守して次々とノックを殺したランキング一位に食い込んだ殺人鬼と言ってもいいほどの人間だよ!!! 考えろ、考えるんだ。どこかにきっとこの絶体絶命の状況を覆す起死回生の選択肢があるはずだ……。

 なぜこうなったか? いいだろう説明しよう。帰宅途中、歩きながら買い物リストを見ていたら風が吹いて落とし、たまたまそこにいた野良猫に咥えられて逃げられたんだ。別にメモなくても買い物できたんだから、追いかけなきゃよかったんだよ……。廃棄された木材や鉄骨などが放り出されている開けた空間で猫が止まったかと思えば、ちょうどあちらからは死角になるところから黒いコートが見えるじゃん!? 息を飲みこんで猫を胸に抱きしめて、木箱の影に隠れたんだけど……もう心臓バクバク言ってる。息も満足に吸えていない。
 顔色は真っ青だろうし、変な汗だって浮かんでいる。ここで物音立てたりしたら確実に消されるだろう……あの組織は殺すことになんの躊躇もない塊だ。

 どうしようどうしようどうしよう。このままあの四人が話し終えるのを待つ? ……いやたぶん気配に感づかれてゲームオーバー、ジエンド待ったなしだ。ではここから気づかれずに逃げ出すか。……それこそ無謀すぎる。え、これ詰んでないか……。
 ぐるぐる、ぐるぐると考えていると、
 ───パキッ

 ………………………え?

「……どうやら、ネズミがいるらしい」

 まっ、まって……。
 恐る恐る視線を足元に向けると、小枝が私のローファーで折れていた。さっきの音は、あの音。

「バーボン、見てこい」
「なんでもかんでも僕に押し付けるのやめてもらえませんかねえ」
「さっさといけ」
「はいはい」

 靴音が、徐々に近づいてくる。かちゃり、と、音がした。拳銃だろう。私には、死へのカウントダウンにしか聞こえない。
 震えが止まらなかった。彼の本職が警察官とか、そんなこと思い浮かべる暇もなく、私の脳裏には死という言葉がよぎる。や、やだ……しにたくない、しにたくない……!

「そこにいるのは、」

 ───影が、映る。

「誰ですかねえ」

 気の抜けたからくり人形のように顔を声のした方へ向ける。目の前には、鈍い色を放つ銃口が。もうだめだった。目頭が熱くて、震える。
 濃い灰色のネクタイに、同色のベスト。白のワイシャツ、指紋がつかないための手袋。間違いない、組織一の探り屋、バーボンだ。その手にしている銃口から弾丸が飛び出るのも時間の問題だろう、死ぬのなら……苦しまないで死にたい。

 ぎゅうっと両目を閉じ、放たれる弾丸と衝撃に備える。さあ、やるなら一思いにやってくれ……。

「………」

 するり。
 腕の中の温もりが消えたことに驚き、猫が飛び出したのかと思って目を開けると、バーボンの手が猫を抱き上げていた。

「ネズミではなく、ただの猫のようですよ」

 そう言って、猫を片手にもとの場へ戻っていく。た、たす、たすかった……? でも、まって。猫。その猫はいい猫なんだ、さっきまでずっと鳴かなかった、賢い猫なんだ……まさか……動物まで殺すわけ、ないよね……?

「あら、案外カワイイじゃない」
「本当に猫だけか?」
「ええ。他には何も。というより、聞き耳立ててる人間だったら物音を立てた時点で逃げ出していると思いますけど」

 わけがわからず、地面に足がからめとられているかのようにじっと固まっていた。向こうからは猫のなぁ〜、と微かに鳴く声は聞こえていた。じ、ジンが撫でてる……とか? はは…そ、そんなわけないか……。
 報告は先程の脱走者だけだったのか、解散の流れになっていくのを聞き、内心胸を撫で下ろす。気配がなくなるまでここにいよう。たぶんあっちにポルシェがあるはずだから、ここは通らない。
 涙でぐちゃぐちゃな顔に構ってられなかった。

 なんで。どうして。コナンが引き寄せる事件に巻き込まれるならまだしも、なぜ関わり合いを持ちたくないランキングに栄えある第一位に君臨する組織とニアミスしなければならないんだ! もっと、ほら、組織だけのサイトとかSNSとか……作れよ…今の御時世、作らうと思えば何でも作れる世の中なんだから……。こんな誰でも入りそうな場所で会合を開かないでくれ頼むから!! あ、そんなの作ったらハッキングされるって!? そりゃそうだ!!

 と、長ったらしく心の中で罵ってたのが悪かったのか。多少なりとも落ち着いて帰ろうと立ち上がりかけた時───後頭部に、何かを押し付けられた。いや何かって、ごりっと音がした時点でお察し。

「質問に答えてくださいね」
「ハイ……」

 ひぃぃぃ……艶のある低音ボイスううううう、とか思えなかった。全神経が押し付けられている拳銃に恐怖の信号を発している。ここで下手な真似をした瞬間、引き金を引かれて一瞬でこの世からおさらばだ。

「あなたの名前は?」
「伊月汐です!」
「なぜここへ?」
「買い物リストを記したメモを落としたら運悪くあの猫に咥えられて追いかけてここに来ました!」
「……声が大きい」
「すみません」

 舌打ちと共に怒られた。やめて、こわい。拳銃をこっちに押し付けたままの舌打ちほど怖いものはないからほんとやめて。
 だってだってだって! 絶対誰だって拳銃押し付けられたらそうなるって! 死にたくないって大きな声出すってば!

「運が良かったですね。あなた」
「ソ、ソウデスネ」
「ですが一度きりだと思ってください。ああ、あと、先程の光景は一秒でも早く忘れることですね」

 わすれられればくろうはしないよ、ばーぼんさん。

「忘れろ」
「ハイ」

 なぜバレた。人の心を読む機能でもあるのだろうか最近の組織人員には。くそこわい。
 私のその返答で満足したのか彼は拳銃を離してくれた。む、む、むり。めっちゃこわかった……。ほっと息を吐いた瞬間、腰が抜けた。尻餅をつく私を見てバーボンは、鼻で笑った。

「その制服、帝丹高校か」
「は、はあ……」

 手伝ってくれないのは予想の範囲内。大丈夫。
 もうほんと生きた心地がしなかった。

「僕はこれで失礼しますが、どこかで会ったとしても、表情には出さないでくださいね。もしここで聞いた名前で呼んだ瞬間、あなたを消さなくてはならなくなる」

 消すって存在ごとですよね知ってる!!! 二次創作でたくさん見たよ!! でも自分で体験したいとは思ってないからそこら辺は徹底するからねバーボン!!
 赤べこのように高速で頷くことしかできない私を見て、また鼻で笑う。…いや、鼻で笑うこと多くない?

「もう二度と、お会いしないことを祈りますよ」

 こっちもだよ!!!!!!!!!
 あなた達と二度も遭遇するとかマジで勘弁だから!!!! 命の危機に晒されるなんて今日だけで十分だから!!!!

 最後までこちらを鼻で笑っていたバーボンが消え、ようやく腰が抜けるのが治り、壁を支えに立ち上がって私は決意した。

 お祓い行こう。事件に巻き込まれるよりもっと不運だ。絶対何かに取り憑かれてる。あとは塩だ。ソルティー。いつものスーパーで塩五袋買って部屋と玄関先とベランダに蒔く。絶対に蒔く。部屋の配置も変えて風水を整える。関係ない? んなこたぁねえ。運気が上がるんだ。関係あるだろ。おは朝占いもきちんと見てラッキーカラーとラッキーアイテム把握はもちろんだな。よし。

「ぜったいにまきこまれねえぞわたしは……!!!!」



 だがこの時のわたしは知らなかったのである。
 決して主人公達と交わることのない、平行線上にいた私が、バーボンと接触したその時点で、モブにも補正がかかり、これから嫌というほど巻き込まれるという悪夢を。にちじょうにもどりたい(白目)



☆おまけ☆
「あれ、汐さんじゃないですか」
「ひえ」
「そんな化物を見たような反応しないでくださいよ、傷つくな(合わせてくださいよ、死にたいんですか)」
「ごめ、んなさい。ただ、あの、ここ通り道で……(ひいいい副音声いいい)」


181030









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