短編 | ナノ


秘密を踏み潰す二人



※微かに事後描写有り


 まさか高校のときに番うとは思わなかったじゃない?

 と、誰に言うのでもなく私は整った寝息を立てる男の隣で小さくため息を吐いた。今の時刻は深夜の二時過ぎ。盛大なカミングアウトをかまし、強引に番わされたと思ったらあれよあれよと、それ目的の客のためのホテルにつれていかれてやっと解放されたのが今から約二時間前のこと。
 事後特有の気だるさに耐えながら、先程までは理性が飛んでいたがもともとポンコツな第二性別であるために、一回熱を発散させてしまえば急に冷静さを取り戻してしまった。
 さっきまでは本当に自分か? と思うほどに本能が出ていたのに。
 運命と出会ったことによって芽さえ出ていなかった本能が激しく主張を始めたのだ。愛されたい、抱きしめられたい、繋がりたい、と。
 アルファのフェロモンに誘発されて禄になったこともない発情期が訪れ、生まれてこのかた発情期と縁のなかった私が突然発情に苛まれて抗えるはずもなかった。ましてやそのフェロモンの持ち主が目の前でぎらぎらと欲の孕んだ瞳をしている運命の番だとしたらなおのこと、本能には勝てずにあられのない声で甘ったるく喘いだ記憶がある。
 つまり、だ。回りくどく言ってはみたものの、私は恥ずかしいのだ。

「だって、処女だし、ねぇ?」

 前世も、今生も。結構な天然記念物だと自負しているのだが。あっ、今生はもう奪われたからカウントなし?
 ちらりと視線を横に向ければ褐色の逞しい胸板が見え、マッハで顔を背けた。なんなんでしょうね、この色気の暴力。いや相手寝てるから色気もクソもないんだけど、二種類のフィルターがかかっている私にはとんでもない視界の暴力だ。
 不自然な時間に起きてしまったとはいえ、まだ二時過ぎ。もう一眠りしても問題はない。そう思ってもぞもぞと態勢を変えようと視線を動かしたときだった。

 ───眠っていたと思っていた降谷君がこちらをガン見している。

 思わず変な悲鳴を上げてベッドから全力で後ずさり転げ落ちてしまったのは許してほしい。

「随分なご挨拶だな」
「誰だって寝てると思っていた人間がガン見していたらビビりますって!!!」

 むくりと起き上がった降谷君は何も着ておらず、堂々と完成された肉体をさらけ出していた。くっ、やめろ色気の暴力が目を覚ましたことによって増大している、私の目が潰れてしまう……!
 固まったまま動く気配がない私に降谷君は小さく「伊月に期待するだけ無駄だったか……」と呟いた。そうして顔を上げた彼の顔を見て、後悔した。
 フェロモンが、出ている。だれの?
 目の前にいる降谷君の、だ。

「……なんでもいいが、いつまで床にいるつもりなんだ。戻ってこい」

 鼻孔につつく熟した果実みたいな香りは無意識なのだろうか、それはオメガを屈服させる程度のフェロモンで圧倒的弱者である私に抗えるはずもなく。
 ほら、と差し出された手のひらに吸い込まれるようにして再び降谷君の腕の中に収まってしまった。

「ふるやくん」
「ああ、匂う。俺だけが吸うことのできる、とろっとろで甘いフェロモン……」
「っ、!?」

 力強く腰を抱いていた片手がくびれをなぞり、胸のなだらかな曲線をなぞり、鎖骨をなぞり、一生消えない噛み痕が残る項に触れられる。
 瞬間、ピリッとした感覚を覚え、くすぐったいやら快感に震えているのやらで逃げ出そうと身を離すが、相手のフェロモンに蹂躙されている今、そんなものは猫パンチ程度の力でしかない。

「や、め……ふるやくん、はなして」
「どうして?」
「どうして……って…」
「お前と俺は運命だ。遺伝子レベルで結ばれることが定められた、絶対に消えることのない繋がりによって俺たちは番うんだ」

 いや違ったな、と続け、

「もう番ったんだよ、汐」

 仕事に対して強い意志を持つ青の瞳には、迷いは見えない。本当に降谷君は私と番うことに対して後悔も何もしていない。そんな色が見える。

「あ、……の、」
「なに」
「まずは、お話をしませんか……私と降谷君では、事情が、ちがう」

 本能のまま降谷君にすがりつきたいのを必死の理性で握りしめ、息も絶え絶えに紡げたのは提案の言葉。ぱちぱちと瞬きをする降谷君にこんな状況でなければ尊いとかしんどいとか感想を紡げたのになぁ、と頭の隅で考えながら返答を待つ。
 そういえば、ゴム、つけてたな。まだ高校生ということもあったから、なのかな。え、つまり理性が勝ったってこと? 凄くない?

「は、……」

 ───ずしり。私の言った意味が理解できた次の瞬間、今までのとは比べものにならない程の強いフェロモンが私を襲った。
 まあ、勝てるはずがありませんよね。抵抗も何もできないまま体から力が抜けて、意図せず降谷君の首に両腕を回してしまう。

 なにが……おきたの……?

「ふる、」
「───そう言って、消えるつもりなんだろう?」
「え……?」

 消える……? 消えるって、わたしが……?
 予想だにしなかった言葉に返す言葉が見つからず、

「嫌だ、許さない、離してたまるか」
「おちついて、ねえ、」
「ようやく繋ぎとめることができたんだ。ああ何か不安なのか、お前、がさつな面が目立ってたけど実際は繊細だからな。できる限りのことならしてあげる。まだ俺たちは高校生だけど大学に進学したら一緒に住もうな。ほら、前に言っていた綺麗な景色が見えるマンションを契約するか。そこでゆっくりと暮らしてみるのも悪くはないな。なあ、何が不満? 何が不安なんだ? こうやってお前を愛しているのに何が不満なんだ?」

 ぎり、と腰に回されている手に力がこもり、配慮なんて一ミリたりともしていないそれに私は小さく呻く。
 や、ばい……なにがやばいって、この降谷君、周りが見えてない。それに、これはまだ、憶測の域を出ないんだけれど……前回の『私』に狂気じみた執着を持っていると思う。私だけではなくて、たぶん同期組を失って、次いで私を失って手からこぼれ落ちる恐怖に耐えきれなくなり、そうだなら手の中に押し込めて逃げ出せなくすればいいのか、と思い至った典型的なヤンデレルートまっしぐらじゃないですかやだーーー!!!!

「……おい、聞いてるのか。俺が話してるんだぞ」
「ひっ、き、きいてる」
「じゃあ答えろ、何が不満なんだ? ん?」
「こたえる……こたえるから……! 離して!」

 そう叫ぶように言えば、意外なことにすぐに離れてくれてほっと息をついたのも束の間。今度は顎を掴まれて強制的に視線を上げらされる。
 いた、い。無我夢中で掴んでるから、手加減の手の字もない……!

「ふ、ふるやくんに、ふまんなんてないよ……」
「ならなんで、」
「どうして消えるなんておもったの? わたし、重い病気とか転校しなきゃいけない理由とかないよ?」
「それは……」

 なんとか紡げば、唯一読み取ることのできる瞳が俯いたせいで前髪に隠されてしまった。

「………すまない」

 無造作に力が篭っていた力が緩やかに消えていき、最終的には力なく私の肌に載せられているだけ。前髪の隙間から見えた青はまだ濁った光が見えるが先程よりは幾ばくか落ち着いている。

「悪かったな、強引に番って。まだこんな時間だ、チェックアウトまで余裕がある」

 もう一度寝るぞ、と言って勝手に布団にくるまり私の返事を聞く気がないのか目を閉じた。

「………降谷君」

 呼びかけてハッとした。いま、私は何を伝えようとした? 抱える秘密のこと? そんなもの、ありえない、くだらないって言われるだけだ。真実を伝えることが最善な道とは限らない。伝えて雰囲気が悪くなるのなら、黙っていた方が利口だ。
 それに、私たちは二度と離れられない番である。


 私には、人には言えない秘密がある。
 降谷君にも、言えない秘密がある。
 ただそれだけでいいじゃないか。


181030









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -