短編 | ナノ


虹の向こうで見守っています



 花々の香りが鼻をくすぐる、澄み渡った青空に見守られている個人霊園。視界に映る墓石の形は前に見た過去のそれとは比べ物にならない変化を見せていたが、死者を悼む目的は同一であって。さらに墓前やその周りも定期的に手入れが施されているのが明確で、どこかこの地へ足を運ぶ前にあった緊張感はいずこかへ。
 楕円形のアーチ──端々に銀の装飾と鳥の羽ばたきが美しい──を抜けた先、周囲を芝生で取り囲んだちいさく、それでいて陽だまりみたいな感覚をもたらしてくれる墓石に流れるような彫りがあった。見知らぬ人の墓を盗み見る趣味はないため、何が彫られているのかは一目瞭然なのだけれど。一応、隣に佇む彼をそっと見上げる。
「これ、なんて彫られてるの?」
「黄名子。黄名子・ルーンだよ、僕と、父さんとおなじ」
 そう答えながら入口に備わっているハイテクなボタンを押し込んで、再び隣へ戻ってきた。どうやら水吹雪を起こさせるもののようで、芝生に仕込まれていたらしい装置から空にまで届きそうなラインを描いて、墓石に付着する埃を落としていく。空下に吹雪く水は、やがて七色の光を生み出して。「……あ、虹」
「うん。もう墓前に進んでも大丈夫。……行こう、逢音」
 虹に気を取られている間にフェイは階段を三段登っており、こちらを振り返って以前と変わらぬ白い手を差し出してくれている。
 私はそれを、躊躇いなく取った。
「ありがとう、フェイ」
「いや、いいよ。これくらい。僕の方こそありがとう、お墓参りに付き合ってもらって」
「それこそ、ぜんぜん。私も、黄名子ちゃんに逢いたかったから」
 ぐっと力強く握られた手に柔く握り返して、最後の階段を登りきる。……握りあった手は、そのままに。
 本当に穏やかな微笑みを浮かべているフェイを見つめて、なんだか私にまでうつってしまって、笑顔を形作った。まるでふたりきりなのに、かけがえのない仲間たちと一緒にいたあの日に戻ったような錯覚を違和感なく受け止められるのは、たぶん、私たちが激戦を乗り越えて絆を得た、雷門中ユニフォームを身につけているからだろうか。
 私もフェイも、共に戦った仲間としての黄名子ちゃんしか知らない。たくさんの愛と、たくさんの優しさで夫と子供を包んだ母としての黄名子ちゃんのことは、どうしても実感が薄いのだ。この墓の下に眠る彼女が時空最強イレブン探しの旅をした彼女かどうかは、誰にも分からないけれど。だけど、お互い示し合わせたわけでもないのにこれを選んだということは、つまり、そういうことで。
「……黄名子ちゃん、久しぶり。私、わかる? 逢音だよ」
 当然、応えはない。それでもよかった。
「未来には二着しかない雷門中ユニフォーム、なつかしいでしょ。これね、円堂と天馬たちが持って行ってくれって鞄に詰め込んでくれたの」
「え、そうだったんだ…」
 感慨深げに横で胸元を見下ろすフェイに苦笑をこぼし、思い出の中で笑っている彼らを思い描く。ユニフォームがなくても俺たちの絆はずっとある、けど背番号を背負って駆け抜けてくれたお前たちに持っていて欲しい。わざと全ての荷物を過去に残そうとした私を先回りするかのように、得意げに、あの頃と色褪せない表情で笑った円堂たちにはやっぱり敵わなくて。天馬にとっては究極を生み出す島で編み上げた友情の証である、神秘的な少年からもらったミサンガのような気持ちだったのだろう。
 そして、ワンダバスイッチで着替える以外に見慣れた黄色は、個人的には黄名子ちゃんのイメージが強く、ゆるく指先で、刻まれた名に触れた。
「忘れないよ。ずっと……いつまでも、あなたが雷門の仲間であったこと。フェイの、おかあさんだったってことも」
「逢音……。──うん。僕も、僕には、ずっと僕の味方でありつづけてくれていた大切なおかあさんがいたってこと、いつまでも覚えているよ。ありがとう、黄名子」
 墓石は冷たくて、声は聞こえず、言葉などなかった。でも、いい。それは聞くものでも見るものでもない。感じとるもの。彼女の思いを、私たちで、掴みとっていく。
 そうして笑って、泣いて、時には悩んで。そうやって未来はつくりあげていくもの。すべてが終わってフェイが会いに行った時に、教えてくれたでしょう?
「また来るね」
「今度は父さんも一緒に」
 しゃがんでいた体勢から立ち上がりかけ、持参していたサッカーボールを転がらないように供える。ボールの白地には雷門のエンブレムと、菜の花の絵があった。それらぜんぶ、フェイが描いたもの。
 霊園を出る直前、やわらかな風がそよいだ。花々の香りがまた鼻腔をくすぐり、聴こえるはずのない、声が。聴こえた気がした。

 ──ふたりとも、しっかりやんね。

 幻聴か、それとも。
 でもそんなのどっちでもよかった。フェイと顔を見合わせて、笑った。

***

「そういえば、ちょっとこのユニフォーム小さく感じてきたんだよね」
「成長期だからじゃない? 男の子は今ぐらいがいちばん体格変わっていく時期だし」
「うーん、SARUたちに相談してみようかな。着られなくなるのは、まだ嫌かな」
「……あえてそのままにする、って手もあるよ」
「あえて?」
「うん。こどもに、私は着させてあげたい」
「こども?」
「うん」
「……、……………」
「…………」
「えっ、えええぇ! ちょ、ちょっと、ちょっと待って逢音!? 気が早くな……って居ない!?」
「ほーら! 早く来ないと置いて行っちゃうよ!」
「ま、待ってよ! 逢音ってば!」









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