短編 | ナノ


迷子にサヨナラを



「はい、終わりですよ」
「ありがとうございます、先生」
 人好きそうな柔らかな笑みを浮かべる担当医に懇切丁寧に頭を下げ、未だ慣れない今までいた場所とは程遠い技術や発光を見せる自動ドアを潜り抜けた。
 病院とはまた違った使用用途の施設であるのにも関わらず静かに順番待ちをしている人たちがいるというのは、きっと私と同じくこの時代でさえも特異とされる異質な何かを持っているからだろう。人間に宿る無限の可能性に些か気圧されながら、こちらも自動発券並びに素早く会計をも済ませてしまえる機械にパスを翳し、ほんの僅かに引き締めていた気を緩ませて息を吐いた。
 診察と検査、会計まで終わった患者がいつまでも待合フロアにいるわけにもいかず、壁に埋め込まれた時計を見上げて合流時間に微かな余裕があるために飲み物を買おうと立ち上がりかけ──座り返さざるを得なくなった。「やあ、アイネ」「サリュー」知り合いが声をかけてきたからだ。
「検査は予定通りに終わったみたいだね」
「サリューの読みが当たってるらしくて、難航してるっぽいけどね」
「まあ、それはそうだろう。君は過去現在未来併せても他に類を見ない『無効化体質』唯一の保持者で、エルドラドのおじさんたちも手を焼いてるって話も聞いたよ」
 病院に用があったのかなかったのか曖昧ながらに知り合いことかつての敵で、今はトモダチに近しいサリュー・エヴァンはカフェテリアを指さしている。つまり、世間話をしないかというお誘いで。
「トウドウたちが手を焼いてるのは、体質じゃない。世界に置いていかれた事例の方だよ」
「それも含めて君の体質だろう?」
「……とっても複雑な体質だよ、これは」
 そもそも円堂守の同級生として生を受けた『浪川哀音』は紛れもなく私である。円堂が諦めずサッカーと全力で向き合い、様々な思惑を跳ね除け、時には吸収し呑み込んだ末に手にした全国優勝と世界大会覇者の称号。順当にいけば雷門中の彼らやイナズマジャパンと共に在れたことを誇りに思い、そのまま成長してそれなりにサッカーとも疎遠になることなく生きていたかもしれなかった。でも結局その道は何故か世界に置いていかれた現実によって中断され、私はあのとき目覚めた瞬間に『浪川哀音』ではない、松風天馬のいとこである『松風逢音』に切り替わったのだ。
 しかし。しかし、だ。
 もしも世界に置いていかれなければ、私は天馬から手を差し伸べられずに天馬の弱さを知らないままだったかもしれない。無効化にセットで起きた現象かは分からないからなんとも言えないが、たぶん雷門中との触れ合いは継続しながらも一歩線を引いた先にいたのかもしれない。……フェイとも、顔は合わせる機会はあるにはあっただろうけれど。ここまで踏み込んだ気持ちをお互いに持つことはなかっただろう。
「そっちは? 定期的な診察の日でしょ」
「んー? 問題ないんじゃないかな。あれから超能力使えなくなっちゃったし、メイアもギリスも、フェイも身体に影響ないぐらいまで落ち着いた」
「アルファくんたちとも元気よくサッカーしてたしね。よかった」
 手馴れた様子で飲み物を購入しているサリューを倣い、アルノ博士より貰っている生活金を崩して買おうとすれば、白い手袋を外した素肌を晒した手が微妙に邪魔をしてくる。……いや、邪魔なんですけど。「ちょっと」「まあまあ」差し出されたのはホットとラベルが巻かれている、珍妙な飲み物。美味しいのだろうか。
「フェイとこれから出かけるんだろ。そのために取っときなよ」
「サリューに奢られるほど寂れてはない」
「言ったな、このやろう」
 軽口を叩きつつそこからは他愛のない会話をして。ちょっと前までは考えられないぐらいに、SSC遺伝子を持ったサリューたちと関われている。それがやっぱり、嬉しくて。
 強いサッカー選手から生まれた故に超強大な力を持ってしまった彼らのしでかしたことは、到底許されるべき行為ではない。破壊活動の中で、命を落としてしまった人もいたと聞いた。そんな彼らがこれからどうなるかはまだまだ分からないけれど、少しでも、いい方向に変わればいいと思う。そんなことを片隅で思いながらプルタブに口をつければ。
「あ、男女の関係に変わったら真っ先に教えてね。メイアが知りたがってたからさ」
「は!?」
 噴き出すところだった。
「いや、いやいやいや!? 何言ってるの!?」
「違くないだろう? 君たちが相思相愛なのは傍目から見てバレバレだよ。あっもしかして……バレてないとでも思ってた?」
 尋常じゃない食いつき方をする私をまるで赤子に接するかのような態度ではぐらかすサリューの肩に手を伸ばしかけたところで、お開きになった。どうしてかって? それは。
「SARU、逢音。ここに居たんだ」
「ふふいいところに来たね、フェイ。ね、逢音」
「知りませんが!?」
 私からしたら有り得ない話題を振るサリューのことはできる限り無視がしたくてめちゃくちゃな口になった。案の定フェイは訝しむ目つきでこちらを見ていて。
「ほらほら、青春謳歌してきなよ。おそらくだけどアイネの体質の検査、これからが忙しくなると思うから」
「え? うん。SARU、逢音見ててくれてありがとう」
「どういたしまして、たのしんできて」
 まだとんでもない話をぶち込んできたサリューにもの言いたりないが、時間は有限だ。ここは引き下がってあげるけれど絶対にこの件についてはしっかりと話し合いをさせてもらいます。メイアちゃんも含めてね!

「じゃあ、いってきます。SARU」
「いってくるね! サリュー、また後で」

「うん。いってらっしゃい、フェイ。アイネ」









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