短編 | ナノ


夜に集いて



 木枯らし荘の近くにある公園は、夜が空を覆っていけばいくほどひと気は失われていき、20時半も過ぎれば完全に出歩く子どもの姿はない。
 本当のサッカーを、雷門中の彼らを取り戻すべく過去に飛んだ先でプロトコル・オメガをバトルで制し、疲労を訴えるワンダバの意見で天馬の住むアパートに戻ってきたのが今から一時間前のこと。天馬と秋さんのご厚意で一人暮らしの家に帰らず私もお世話になることが決まり、女の子が先に入っちゃうの、と風呂も先に頂いて。
「……おいしかったな、久しぶりの秋さんの料理」
 住宅街がそばにある影響か暗闇に包まれても仄明るい空を見上げ、ほんの少し前に振る舞われたあたたかな料理を思い返す。管理人といえど、木枯らし荘の住人とは家族のような付き合いをしているためか、沈黙に襲われず楽しくて小さな夕食会は幕を閉じ、私はみんなに断りを入れてこうして公園にまでやってきていた。
 鍍金の剥がれかけた滑り台に青色の支えにぶら下がる二つのブランコの板。入口付近にある木目のベンチ。擦り切れる毎に調整が入り親子連れに重宝されたことがよく分かるここは、住んでる人たちの憩いの場となっているのは当たり前のように分かる。
 ベンチに腰かけて、ただぼんやり宙を見上げる。誰もいない場所で、誰にも邪魔されないこの行動が、私にとっては息が抜ける行為だ。もちろん、気心知れたみんなの場所にいてもよかったけれど。
「未だにやっぱ、ぶっ飛んでるって思っちゃうなー……」
 未来に存在する者たちが、脅威とされるサッカーを消すために歴史を物理的に消そうとするだなんて。それほどまでにサッカーは未来でも大きな競技となり人との繋がりを強くさせているのか、それとも。
 そこで、はたと気づく。脳裏にふと過ぎる白色の髪と、緑の髪と、壮大な計画に巻き込まれて未来から来た友人のひ孫を名乗る少年との思い出が。この間わずか数十秒。たったそれだけの時間で自身の感じ方が様変わり。ーーぶっ飛んでるのは、元からだったか。
「──風邪引いちゃうよ、逢音」
「健康優良児が取り柄なもんで。……こんばんは、フェイ」
「こんばんは」
 左斜め前から男の子にしては少し明るめで優しい声がかけられ、視線を戻す。予想通り、なんだか彼のためだけにあるような色彩を身に持った私と天馬の新しい味方であるフェイで。未来人よろしく着方さえも想像つかない橙の衣服ではなくて、これまた見慣れたパジャマに薄手の上着を羽織っていた。時間を考えるとシャワーを浴びたあとだと思うのだけど、独特な髪型はそのままなんだ。
「ワンダバは? 天馬から離れていいの?」
「ふたりとも天馬の部屋で話してるんじゃないかな。優一さんはもう休んでるし……天馬は改変しようとしてできなかったから、暫くは安全だよ」
「そっかぁ。改変って言っても、自由自在とまではいかないんだね」
「そりゃそうさ。世界に大きな影響を与える存在の道行を消すなんて、周りの全部が辻褄合わせにかかるみたいなものだから」
 すらすらと疑問に答えてくれるフェイそのものが、これまでに起きている事実の裏付けをしているようなもの。よ、と隣に座るフェイを見遣って、素直に薄縹の双眸を綺麗だと感じる。
「でも、ちょうどよかった。僕、少し君と話がしたかったんだ」
「私と?」
 純粋に何のことだかわからず首を傾げれば、ははっ、と天馬と同等かそれ以上に朗らかな声をあげて彼は笑った。「うん」
「先日の、プロトコル・オメガとの初めての戦いの時、アルファは興味深い事を話してたよね。逢音に、歴史改変のプログラムは実行できなかったって」
「ああ……言ってたね。そういえば」
「そういえば、って……割と能天気なこと言ってるけど、正直これは異例中の異例な事象で…」
「だって、そのおかげでひとりぼっちになりかけた天馬の味方を、もうひとり増やせてあげれたんだし」
 まだまだ歴史改変の序盤だったのか、サッカー自体を消さなくても世界に名を轟かせる雷門中の歴史を無かったことにすればいい。そう判断したのか円堂さんの成り立ちだけを捻じ曲げた。けど当然その余波を直接受けているはずの私は全くの無傷で、一夜明けただけで全てが悪い冗談みたいに変化した雷門中で立ち尽くしていたのが今回のはじまり。
 そして、沖縄から戻ってきていた天馬と合流して、それで。
「それはそう、だけど……」
「まあアイツらに抵抗できる人材がいるってことでいいよ。不思議で、自分でも理解しきれてない部分もあるけどね」
「一応、ワンダバと話し合って君のそれを『無効化体質』と呼ぶようにした」
「大層な名前過ぎる……、……命名者はワンダバ?」
 うん、と頷くフェイには失礼だが心底納得した。なぜならフェイのネーミングセンスは色々疑わしいところがあるから。
 突貫工事で完成したチームに「天馬のチームなんだからテンマーズだ」と名付けるあたり、不安しかない。
「専門施設に行ければ精密検査で何か分かるかもしれない…」
「いいっていいって。まずは天馬を助けなきゃ」
「……、……ねえ逢音」
 昼間と違って過ごしやすい気候と気温でも、長時間室外に居続けるのは最初にフェイが言ったように風邪を引いて体調を崩しかねない。だから自然な流れで話が切れるようにしてみたが、どこで読み間違えたのかフェイの方が一拍早く。普段の明朗快活さはなりを潜め、真っ直ぐで真剣な目を私に向けた。
「君は、たしか天馬のいとこだって言ってた。天馬の成長を見てきて、雷門がホーリーロードで優勝を果たした時もそばにいたとも」
 やらかした、と思っても遅い。つい最近知り合ったばかりのただの女に向けるものではないそれは、微かに狼狽える私に気づかないまま。
「逢音。君はもう少し、君自身を省みるべきじゃないかな」
 過ぎる、穏やかでいて熾烈な影を見せた遠い遠い、在りし日の仲間の姿。
 ぐらぐらと心が揺れて、こんなにもいたたまれない気になるのは。きっと、姿形や声や性格は違うけど喋り方と、その話し口調がいやでも似ていると形容してしまうからなのか。
「当たり前だけど、天馬を助けるのはもちろんだよ。優先すべき目的で、僕らはそのためにいるんだから」
「…………」
「でも、だからといって逢音が全てを擲つことはない。
──……なんて、ごめん。会ったばかりでお互いをよく知らないのに、偉そうな言葉吐いちゃって」
 僕はそろそろ戻るけど、逢音は?
 ゆるやかに差し出された白い手と、フェイの顔を行き来しながらやがて。どく、どく、と脈打つ鼓動を無理にでもねじ伏せて、その手を取った。
「戻る。……フェイ」
「なに?」
 引っ張りあげられて地に足をつけても、どうしてだか繋いだ手は離れずに。
「ありがとう、さっき、ああ言ってくれて。うれしかったよ」
「どういたしまして」
 これからの行動も、答えも求めてこないフェイとのやりとりは気持ちのいいものだった。押し付けがましい言葉だってことも、心配してくれているのも十分に理解している。理解した上で。
「ほんとうに、ありがとう」
 ──私は、これしか言えないのだった。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -