短編 | ナノ


真心を懐(いだ)く



「……えっと、ヒースくん」
「…………はい」
「先日頂いたイヤリングのお礼でさえも満足にできてないのに、その、これは……」
「す、すみません…白状するとイヤリングを贈る以前からつくっていたもので、贈る時期が被ったのは本当にたまたまで」
「たまたま」
「はい、偶然です……」
 柳眉を綺麗に下げ、些かしょんぼりとした様子で顔を俯かせるヒースくんに限って、嘘をつくような人じゃない。本当に制作時期と贈る日がたまたま近しかっただけなのだろう。
 にしても、と暖色系に包まれたテーブルに置かれたそれに目を落とす。
 シンプルなデザインなのに埋め込まれた宝石は極限にまで磨かれ、両縁には恐らくヒースくんが考えた紋様が何かを霞ませることなく刻まれている。基盤がアンティックゴールドではなく、エレファントスキンカラーなのは私の持つ髪の色、つまり白に馴染みやすくするためだ。
「あの、ね。ヒースくん」
 私用にと誂られた瞳を奪われる美しさのティアラをそっと持ち上げて、眼前に座る若い魔法使いの名を呼ぶ。聞き逃すはずもなければ無視をするはずのない彼は返事をした。……何故だかその隣に控えているシノくんの目が真剣すぎて、微かに笑ってしまう。
「私はきれいなもの、うつくしいものは好きだよ。こうして自宅の中に大事な飾るくらいには、そういったものに目はないと思う」
「なら黙って受け取ればいいだろ、ヒースの一点物だぜ」
「シノ!!」
 純粋にヒースくんを慕い主君と定めたシノくんからの勧めに苦笑いを浮かべれば、慌てたヒースくんが鋭く制止した。
 予想はしていた。一点物、……ヒースくんの手作りのティアラである。完全に迷子の面持ちをしているこの子に告げるのも気が引けたけれど、言わなくては。
「ご厚意に甘えるのは記念日とか、大それた理由のある時じゃないとどんどん私が欲張りになっちゃうよ」
 希少価値のあるブルーサファイアのイヤリングはもちろんのこと、ボルダ島で採れる貝殻で作られたブローチ、それから魔道具である砂時計への彫刻……あれもこれもと連ねると限がなくなるほど、私はヒースくんから色々なものを貰ってしまっている。贈ってくれる度にお礼なんて気にしないでいいとか、喜んでくれるだけでいいのだとか、言ってくれる。でも、やっぱりまだ何一つろくにお礼ができてないのは流石にヒースくんが良くても私の気が済まなくて。
 しかし。
「え……? ヴィが、欲張り……?」
「誰のことを話している?」
 どうやらこの幼馴染たちは斜め上の思考を持っていたらしい。信じられないと言わんばかりにじっと見つめて首を傾げられるものだから、なんだかむず痒い。
 ややあって顔を見合わせて疑問符を生んだシノくんが先に我に返り、業火の色をまとう目で射抜いた。
「あんたが思う欲張りがどうなのかは知らない。だが、ヒースのまごころだけは受け取ってやれ」
「……いや、でも」
「あのね、ヴィ」
 ヒースくんの気持ちが嬉しくないかと問われれば首を全力で横に振る。センスは間違いなく良くて、私に似合いそうだからと、自分がそうしたいだけだからと笑ってくれる人の贈り物が、嬉しくないわけがないのだ。
 それでも躊躇いの方が勝り視線を外せば、涼やかな声が呼んだ。
「俺は見返りとか、何にも求めてないんです。ヴィに似合うなぁ、とか、そのぐらいしか考えてないんですよ」
「……ヒースくん」
「あっでも、これからも仲良くして欲しいなぁ、とは思います」
 へへ、といたずらがバレた幼子のように首元を掻く仕草に絆されない魔女がいるのなら、私は見てみたい。
 贔屓目? 甘やかし? なんとでも言って欲しい。その自覚は多分にあるしヒースくんを優先して余りある理由が、私にはあるのだから。
「──ありがとう、ヒースくん」
 レースの刺繍で編まれたハンカチで包み、胸元に抱いたティアラに埋められた宝石はエメラルドだろうか。
 たった一言なのに、私の言いたいことが分かっているのかヒースくんは心底嬉しそうに、幸せそうに、微笑んでいる。その横で、得意げにふふんと同等に胸を張るシノくんがいる。
 ああ、やはり。彼らには笑っていて欲しいと願ってしまうな。



「ところで、そのティアラの本体はブランシェット家に嫁いで奥様となる女性が持つものというのは言わなくていいのか」
「シノ!!!!」
 ーー……これは、聞かなかったことにしよう。
 顔を真っ赤にして再び鋭い声をあげるヒースくんを見つめて、私は控えめに笑った。









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