I bite you to death! | ナノ

表紙へ戻る


どこまでも貫こうか


家の近くの風紀委員が襲われた。
それが、きっかけだった。


「…雛乃」
いつも通りの朝食の席、
しかし改まって名前を呼べば、察しの良い双子の片割れは真剣な顔をして箸を置いた。
否、察しが良い、というのはおかしい。
これほどずっと一緒にいたのだから。
互いのことはわかり切っている、
そう言う方がきっと正しい。


「…何、雛香」
「今日から一切、家を出るな」



雛乃の目が、大きく見開かれた。




「…なに、言ってるの」


さすがにこれは双子とはいえ、予想外だったらしい。
雛乃はあぜんとした表情で、こちらを見返してきた。
「…ねぇ、冗談でしょ」
なんとか笑おうとしているが、自分の顔を見て気が付いたのだろう。
一切、冗談など含んでいないことに。
「…な、んで」
「すぐ近くに住んでる並盛生が襲われた」


危ない。
危険だ。
だから。
「…雛乃は、家を出るな」


雛乃の顔が、みるみるうちに白くなっていった。
「…ふざけないでよ」
「ふざけてなんかない」
大真面目だ。
「…なに、それ。いくらなんでも、過保護すぎるでしょ」
だいたい、襲われてるのって風紀委員ばかりじゃない。
そうつぶやき、小さく震え出した雛乃を無心に眺める。
「…僕が、いくら弱いからって、そんなの…」
「…雛乃」
「あんまりだよ!」


がしゃん、
とテーブルに叩きつけられた拳を見つめ、
そっと心の内で呟いた。


雛乃、お前は弱くなんてないよ。
「弱くした」
のは、俺なのだから。
ただ、俺が君に、
「弱いまま」
を、望んだから。



「…嫌だよっ、今日はツナと遊ぶ約束もしてるんだっ、山本も獄寺も来る、って…」
「雛乃」
「事前に言うと絶対断るからって、雛香のことギリギリに誘って拉致してこうって、話してたんだぞ…っ!」


思わず、空気を読まずに笑いそうになった。
拉致ってなんだよ、
ほんと、
馬鹿。



ずきり、
胸が痛い。
今から、自分はそんな雛乃のひたむきさを、
ただ踏み潰しに掛かるのだから。

「…だいたいっ、いっつも雛香は僕の事ばっかり気に掛けて自分はほっぽってばっかりでっ…」
「…雛乃」


名前を、呼ぶ。
今までとは違う、
小さな、力を込めて。


「…雛乃」
念押しに、もう一度。


それだけで、とろん、と雛乃の目つきが蕩けた。
何度も"コレ"を掛けたことのある雛乃は、あっさりとこちらに近付く。
…耐性が無くなっているから。

「…雛乃、おいで」

ごめんな、
と、内心で謝る。
謝るくらいならやらなきゃいい。
そんなことわかっている。
わかっていて、
俺は、


何度も、同じ過ちを繰り返す。


「…雛乃」
ぼんやりとした雛乃の体を引き寄せ、頬に手を添える。
そのまま、


一瞬で唇を重ねた。


重ねたまま、
心の内を、
雛乃の中へ、
唇を通して捩じ込む。




『俺の言うことを聞いて』





それは、感覚。
ナイフで皮膚を突くのと同じように、
拳で喉元を捉えるのと同じように、
ただ、脳裏に強く浮かぶ思いを、
相手の中へ染み込ませる。



それを、

『催眠』

と誰かが読んだ。





「……雛乃」
唇を離し、その顔を覗き込む。
雛乃はいまいち焦点の合っていない目をしていた。
それは、成功の合図。


「…雛乃、今日1日、おまえは家を出ない」


はっきりと、決然と言葉を述べる。
雛乃はこっくりと頷くと、
何事もなかったかのようにテーブルの向こうに戻った。
…だが、その瞳はゆらゆらと不安定に揺れている。



「……ごめんな」



胸が苦しくなった。
俺は、
こうやって何回雛乃を騙せばいいのだろう。


「…行ってくる」



これはエゴだ。雛乃はきっと喜びなどしない。
わかっていた。
けれど、周囲に漂うピリピリと肌を刺す緊張感に、
もう猶予はなかった。
否、
猶予を感じているほど余裕を保てなかった自分がいた。



「……ごめんね……」



ごめん、雛乃。
でも俺は、
君をずっと守っていたい。

[ 21/64 ]
[] []

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -