平穏は虚像に満ちて 穏やかな日常なんて信じない。 だってそんなものはいつでも簡単に崩れてしまうし、あっけなく裏切っていくものだからだ。 …だから、わかっていたはずなんだ。 このささやかで平和な日常に、 「それ」が忍び寄っていることなんて。 「山本、はい」 「ん、んまー」 嬉しそうに唐揚げを頬張りながら、山本はもぐもぐと口を動かす。 「相変わらずおいしーな、雛香んちの弁当」 「そりゃ俺の手作りだからね」 「えっ、そうなの?!」 目を丸くしてぱっとこちらを振り返る沢田。 「そーだよ、いつも雛香が僕のぶんまで作ってくれるんだ」 「そ、そうなんだ…」 ニコニコしながら付け加える雛乃の弁当をじっと見つめ、沢田が感動したようなため息をついた。 いつの間にか屋上で昼食を取るのがすっかり定番と化し、当然のように雛乃もメンバーに加わった。 雛乃としては基本無愛想な兄が「自分から友達を作った」ということがよっぽど嬉しいらしく、ここ最近はいつもご機嫌である。 「山本、はいミートボール」 「あー」 そんな雛乃の様子を横目に、山本の口へひょい、と新たなおかずを放る。 「おいしいか?」 「ほいひー」 ふごふご、と返事をする山本。 これもまたいつの間にか、定番となっている光景である。 「…雛乃?」 ふと、こちらをじーっと見つめる弟の視線に気が付き、雛香は首をかしげた。 「…どうした?」 「…ずるい、やまもとー」 むーっとふくれっ面をすると、雛乃はおもむろに床に転がって手足をバタバタし出した。 「えっ、ちょっ、雛乃?!」 「ずるいー、山本、ずるいー」 突然転がり出した雛乃をすぐとなりの沢田がぎょっとした顔で見る。 たぶん若干引いている。 ていうか沢田、雛乃のこと呼び捨てにするようになったのか、とかなり余計な考えが頭の片隅を浮遊していくのを感じながら、雛香は残っていた唐揚げに箸を突き刺した。 「…ほら」 床に仰向けに転がったまま、開いていた雛乃の口に器用に放り込む。 「…んっ」 口をもぐもぐさせながら、雛乃は花が咲いたようにぱあっと笑った。 「おいひっ!」 「…行儀が悪いから食べてから言え、雛乃」 「はーい」 「…ちぇー」 なぜか隣で残念そうに舌を出す山本。 一体どうした。 「…雛香君と雛乃って、仲良いよね」 「…まあ、双子だし?」 「双子の域超えてるだろ…」 沢田の質問に答えていると、横から獄寺の呆れた吐息が突き刺さってきた。 「なんだよ獄寺、お前もやって欲しいの?」 にやりと笑ってミートボールを眼前にチラつかせれば、 「…ふざっけんな」 ふい、とそっぽを向かれた。 (「…あれ?」) てっきりキレられるかと思ったのだが。 (「…なんでこの前あんなことしたんだ俺……」) 数日前雛香を自宅で介抱した時のことが脳裏にチラつき、獄寺は頭を抱えた。 そのおかげでここ最近、まともに雛香の顔を見ることができない。 (「…なんで…なんでデコくっ付けたんだ俺……」) 「…?」 うー、と頭を抱える獄寺に、雛香はただ首をかしげた。 その様子を見ていた雛乃が、不機嫌そうにぽつりと呟く。 「…雛香、人気者だね」 「……は?」 我が弟にしては珍しく脈絡のない、しかも訳のわからない言葉に雛香は眉を寄せた。 ふと辺りを見渡せば、苦笑する沢田に唇をとがらせる山本。 ……え、何この雰囲気。 だが雛香がこの空気の真相を確かめる前に、 「…宮野雛香、何群れてるの」 背後から、大暴君がやってきた。 |