アポロンの啓示 | ナノ

♯優しくなんて出来ない
・切甘
・アルヴィス視点
・長め







【優しくなんて出来ない】





「…ちょっ、ストップ」
ぎゅむ、と俺の口に手の平を押し付けるリク。
薄い肩が上下するのが艶かしい。目が眩みそうだ。
「むめま?」
「…何言ってんかわかんねえし」
少年は溜息混じりにそう言って、はあ、と目尻の涙を乱暴に拭う。
何言ってるかわからないのはそもそも、当の本人が口を塞いでるからなのだが。
「…何故だ?」
嫌になる程細い手首を引っ掴み、口元から引き離す。俺の身体に乗っかったまま、リクは目を逸らした。
そのまま沈黙を守る相手の全身をぼんやりとした心持ちで眺める。
引き千切られた衣服の合間から覗く胸元は、まあ筋肉はあるのだけれどどうにも薄く、いつも付けているチョーカーを投げ捨てられた首元はいかにも頼りなさげで細い。
脆そうな鎖骨に唇をうずめたらこいつは大きく身体を震わせるのだろう、とその情景がひどく鮮やかに脳裏をよぎって、俺は今にも首元を掴んで引き寄せたくなる衝動をなんとか抑えた。
「…お前、力強くね」
いっつも思ってたんだけど、と横を向いたままリクは愚痴るように呟く。
呟いた、といってもそんなに小さな声音でも無く、おそらく俺の耳に届く事を想定しての音量だろう。
「…そうか?」
突然の問いに俺は肯定も否定も出来ず、ただ曖昧に首を傾げた。
ベッドに頭を預けたまま首を動かすのは、なかなか至難の技だったが。
力、強くね。
頭の中でリクの言葉を繰り返し並べてみても、いまいちその意図がわからない。
確かに俺は一般人よりは力が強い方だろうが、それは何と言っても修練の門で積んだ時間の結果だし、アランさんやガイラさんに比べればまだまだだ。そんな事を言えば今俺の目の前で視線を逸らしたまま、妙に素っ気なく、というか頼りなく月光に躰を晒しているこの華奢な少年も同じだろう。筋力の代わりに素早さを極めたようなこの少年は、どちらかというと身のこなしの方に比重が寄っているから、俺よりは力が弱い、かもしれないが。
「…絶対、強いね」
珍しくきっぱりと断言し、リクは小さく溜息を付いた。
一瞬、その躰が小さく震えるのを見咎めて、俺は思わず瞬きを数回。
「…どうしたんだ?」
よく、わからない。
リクの、言葉が。
というより、
その、内情が。
訝しげに眉を寄せた俺に、リクがやっと顔を向ける。
何故だか妙に、久々に目を合わせた気がした。
そんな訳は無い。
ほんの数分前、この部屋に訪れたリクといくつかの言葉を交わした時も、さらに言えば白い首に嵌められた最後の枷であるチョーカーに手を掛けた時も、俺はその黄金の瞳を覗き込んだのだから。
「……なんか、」
ぽつり、呟いたリクに、
俺はただ目を上げた。
絡まない視線。
黄金から鮮やかな赤に変化した瞳は、俺を貫く事は無い。

こわい

ぽつん、と。
例えるなら夜空に頼りなく浮かんだ1番星のような、
群れからはぐれ独り樹海を彷徨う事となった獣の子のような、
そんな、らしくない響きで、
リクは、
独り言のように、
言葉を綴った。



「……こわい?」
思わず聞き返した俺に、リクは視線を逸らしたまま。
口を噤んだまま沈黙を貫く少年に、俺は仕方なしに問いを重ねた。
「…何が?」
「お前が」
何が、と本来なら無機物を期待する答えに何故か人間を指名し、あまつさえ俺だと特定される事態。
は?と眉を上げた俺に、リクはちらりと視線を向けて。
赤い瞳に、何処か諦めたような色を掠ませた。
その、妙に弱気な仕草に。
ふと頭に浮かぶ、1つの真相。
「……優しくして欲しい、という事か?」
素で言うにはあんまりな言葉を、
口角を上げる事で少し冗談めかして。
だが、冗談じゃないことは、
目の前のこいつが、
おそらく、1番よくわかっている。
「……ん、」
白い光に照らされるその表情は、ひどく綺麗で酷薄さすら感じさせる儚さで、
未だ全身が熱に疼いている俺とは対極に、穢れなんか欠片も無い気がした。
「…そう、かもな」
くしゃり、と幼子のように顔を歪め。
泣きそうな割に震えの1つも無い落ち着いた声音でそう吐き捨てて、
それすら、どうしてか美しく切なく、
俺は、この少年を今すぐ滅茶苦茶に壊したいという、
抱いた感想と真逆の想いが腹の底から込み上げてくるのを感じた。
ああ、そうか。
意図せず、くすりと笑みが零れる。
力が、強い。
「…そうだな」
俺の唐突な呟きに、目を瞬かせるリク。
ああ、困ったな。
そんな姿も、
可愛いと、愛らしいと思ってしまう。
「…すまない」
ますます、戸惑う愛しい少年に、
俺は、ただそっと息を吐いた。
「…多分、その願いは叶えてやれない」
そう言うが早いが、
勢い良く躰を起こし、
不意を付かれて大きく目を見開いた相手の上体をベッドに押し付けて、
びくり、と細い躰を震わせた彼の脆弱な耳元に、
ふうっと吐息と言葉を吹き込む。
「…お前が、愛しすぎて」



力が、強い。
だが、力を弱くする事なんて俺には出来ない。
弱くしてしまったら、この少年の躰に、俺は欠片も残らないだろうから。
いっそ、
崩れる程に、
壊れる程に、
その躰に刻み付けたい。
その肢体に、
所有者の証を教え込みたい。
だから、
その為に、
力は必要なんだ。
そう、
「……ごめん」
我ながら微塵も罪悪感を感じせない声で、俺は呟く。
赤い瞳から滑り落ちた涙を舌で舐め上げて、熱い吐息の零れる唇を塞ぐ。
優しく、なんて出来ない。
お前が壊れてしまうまで、
は。




【優しくなんて出来ない】
『いとし、すぎて』


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