アポロンの啓示 | ナノ

♯背中合わせの2人
背中合わせ。


しよう、と提案したのは、
確かに、アルヴィスだ。




【背中合わせの2人】




え、なんで?
当然と言えば当然の俺の疑問を、アルヴィスは珍しく感情論で捩じ伏せた。

したいからするんだ、

と。
俺としてはアルヴィスがそんな事を言うなんて意外で意外で、そっちに気を取られていたからただでさえ回らない頭がいつも以上に働かなかった。
だから、答えた。

別にいいけど、

と。
そして、
今に至る。



見渡す限り、目の痛くなるような青空。
ぽっかりと浮かぶ白い雲。
背中越しに伝わる温かさ。
視界には入らない、けれど確かに側に感じるアルヴィスの気配。
…気配も何も、触れてるんだから関係ないっちゃあないんだが。
ふう、と息をつき、俺は首元のチョーカーを指で引っ掛けた。
そのまま、何の気なしに顔を上げる。
視界いっぱいに広がる青空。
所々に浮かんだ雲はどうにも間抜けな形をしていて、
なんていうか、俺は、
ひどく気が抜けるのを感じた。



故郷が焼かれて早6年、
復興していく各町を横目に、
俺以外誰もいなくなった故郷は家1つ建て直されないまま。

また、悪夢は始まった。

森の片隅、ひっそりと暮らしていた極小民族がいた証はたった1つ。
俺、
という存在だけ。



首とチョーカーの間、あいた空間に引っ掛けた人差し指をひたすら伸ばして、流れてゆく雲をぼんやりと眺める。



俺の髪の黒色はまだそんなに珍しかなかったし、肌の色だって色白で誤魔化せるレベルだった。
語句に訛りと偏りがあったのはまあ何とか眉をひそめられる程度で済んで、
問題は、

目、

だった。


目の赤、
これが最悪だった。
陽光を思わせる明るい朱色でも小花を想像させる柔らかい紅色でも無い、
本当に真っ赤なのだ。
新鮮な血と同じ色。
それはあのチェスの司令塔の目と同じ色で、
どうしたって嫌でもメルヘヴンを蹂躙した悪夢を彷彿とさせる色で、
俺がどんなに微笑んだってどんなにいいコに振る舞ったって、
見る人はみんな顔を嫌悪でゆがめた。


俺が外見を変化させるアームを得たのは、それからいくらもしないうちだった。
俺は民族の誇りも生き残りの証も捨てて、
この髪と瞳を、
金色に変えた。


金に染まった俺に、嫌悪の眼差しを向ける人はいなくなった。
恐怖の矛先を向ける人も消えた。
でも、それはつまり、


誰も本当の俺を知らなくなった、


多分、
そういう事だった。



白い雲がいびつに分かれる。
抜けるような青色はどこまでも綺麗で、
それが妙に目に痛い。
「……リク?」
背中越しに伝わる声。
少し、膜がかかったように聞こえる。
「……なんだよ」
俺の目は、相変わらず空に向けられたまま。

綺麗だ、

そう思う。
全てを包み込むようなあの碧い色は、
きっと誰からも歓迎されるんだろう。
「…何を考えている?」
「…え?」



金に染まった俺の、本当の姿を知る者は誰もいなくなった。
背中合わせに座る、
空と同じ色の、
こいつを除いて。



「……何、って」
背中から伝わる体温。
ふわり、青葉みたいな香りが漂って。
ほんの少し、アルヴィスが振り向いたのがわかった。
「……別に、何も」
視界に広がるのは青。
誰にも受け入れない俺を拒まない、
誰にも受け入れられる深い色。

目が痛い。

「……嘘吐き」

鼻で笑われた。
なんだよ。

「…何だよ、ほんと、」

だって。
と言い掛けた言葉は、
重力に従った身体によって飲み込まれた。


「……え」
「リク」
今日はやたら名前呼ぶな、
じゃなくて。
今日は妙に感情的だな、
でもなく。
ええと、これはどういう状況なんだろう、と目を白黒させる俺を上から見下ろし、
くすり、
可笑しそうに笑うアルヴィス。
「……いやあの、アルヴィス?」
「何」
「…どいてもらえませんか?」
「何で敬語」
くすくす、
再び笑うアルヴィス。
背中に掛かっていた体重が突然消えた俺は咄嗟に反応出来ず、そのまま重力に従って地面に背中から倒れた訳だが、

視界には広がる碧。

その隅に申し訳なさげに空の青色は追いやられていて、
つまるところ、

今、俺の視界を占領するのは、
ひどく楽しそうな碧色。

俺はやたらと顔を覗き込んでくる相手から顔を背け、
背けたら背けたで顔の真横に鈍い色を放つアームを嵌めた細い指が目に飛び込む訳で、
どうしていいかわからず結局上を向いた。
さっきまでは気が抜けそうな青色が広がっていたのに、今は抜けるどころかめちゃくちゃ緊張している。
うっかりしたら飲み込まれそうだ。
「……リク」


だからさ、今日名前呼びすぎじゃね?
と、俺なりに必死で考えたクールダウン。
口に出したら出したで、ちゃんと音になるか自信が無い、から口は開かない。
俺を押し倒したまま、相手は本当に随分と楽しそうで。
すっ、と近付いた、男にしては端正すぎる顔に、
うっ、と俺は反射で目を逸らす。


「……俺以外の事を、考えるな」


顎を絡め取る細い指。
その温度はやたら低くて冷たく、
先程まで背中に温もりを与えてきたのと同じ人物とは思えない。
もしかして、これアルヴィスじゃなくね?
そんな馬鹿らしい言葉が頭をよぎった。
指の感触にほぼ反射で息を詰めた俺に、
アルヴィスは悠然と微笑んだ。


「……好きだよ、」


お前の事が。
そう呟かれた綺麗に弧を描く唇を見つめ、
間違いなくその言葉がアルヴィスの物だと確信して、
驚きの声が口から漏れた。
「……何、急に」
今日のアルヴィスは、
絶対におかしい。
妙に感情的で、いや、
感傷的、というか。
「…いつも、背中合わせだからな」
え?と間抜け声を出した俺にお構いなし、という表情で。
アルヴィスは、笑った。
「…たまには、向かい合わせも悪くない」



視界に広がるのは、黒。
俺の好きな色は見えなくなったけれど、
でも、
まあいいか、と思う。
なんたって目を開けばまたすぐに大好きな碧は見える訳で、
だからそんなに我慢する必要もない。
なら、この黒色をもう少し楽しんでいようかな、
と、俺は瞼を下ろしたまま。
唇に伝わる明快な温度に、
全てを委ねた。




【背中合わせの2人】





誰にも受け入れられない本当の俺を、
ただ真っ直ぐに受け止めてくれるこの碧が、
俺には、嬉しくて愛しくて、

だから、

少し、辛い。



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