エンヴィー?この感情の行方は
■ ■ ■
「……あの。雲雀、さん」
「何」
「いや、……なんで怒ってるんですか」
「別に」
バン、と雲雀が日誌を勢いよく開いた。
跳ね返った表紙が、机に当たって痛そうな音を立てる。
「怒ってなんかない」
「……いや、不機嫌じゃないですか」
「君が目障りだからでしょ」
「は、」
思わず郁は顔を上げた。目を見開いて、事務机の方を凝視する。
今、なんて。
沈みゆく夕日を背景に、まるで黒に埋もれるかのごとく学ランをはおり椅子に腰掛けた雲雀は、こちらをチラとも見なかった。パラパラと、日誌をめくる。
その表情は、いつもより明らかに険しかった。なぜそう断言できてしまうかはわからなかったが、けれど郁は確かに感じ取っていた。――この人、今まで見た中で、今1番機嫌が悪い。
「……何、あの女子の群れ」
「え」
「群れてたでしょ。……取り囲まれて」
「ああ。あれは、」
あなたのファンですよ。そう言いかけて、何となく言うのが憚られた。なぜだが自分でもよくわからないが、何というか、ふいに嫌になったのだ。あれ全部、あなた目当てですよ、だなんて――なんか、ちょっとムカつく。
「……クリスマスの予定、聞かれてた」
「え。聞いてたんですか」
「聞こえた」
パラパラ。さらに2、3ページ、日誌がめくられる。
「何なの。群れる気?これだから年中行事は嫌いだ。風紀が乱れる」
「え、でもそういう雲雀こそ、」
反射だった。何か思う前に、ぽろりと言っていた。
「クリスマス、誰かと予定とかあるんじゃないの」
自分の声を聴覚が捉え、そして脳が理解した瞬間、さっと全身の血が凍り付いたのを感じた。――しまった、うっかり聞いてしまった。
雲雀がおもむろに日誌を閉じた。さっきまでこちらに一瞥もくれなかった黒い瞳が、意外そうにこちらを向くのがわかって、郁は慌てて目を逸らした。
自分でも、それなりに恥ずかしい事を聞いてしまったような気がする。綱吉や山本ならまだしも、よりによってなぜ雲雀なのだ。聞く相手が間違っている。やらかした、そう思った。
だが、そこへ返って来た返事は、実にあっさりしたものだった。
「ないよ。あるわけないでしょ」
「……へ」
「だいたい、年末は並盛の見回りがある。……ああそうだ、」
ぽかん、と口を開ける郁を前に、雲雀が思い出したという表情に変わった。
「年末年始の見回り、君も同行だから」
「……へ。は、あ?!」
「何その顔」
「や、いやいや……大反対の顔ですけど」
「咬み殺す」
「は?!嘘だろ何コレ強制参加?」
「沢田綱吉の代理でしょ?文句があるの」
「1週間の予定、だったと思うんですけど」
「僕が1ヶ月と言ったら1ヶ月だよ。……なんなら君、このまま風紀委員に入りなよ」
「は?!……いや、それは嫌です」
「なんでさ」
「いや……だって、リーゼント……」
郁が困り顔でそう返せば、「……むしろリーゼント以外は良いの」とどこか呆れたような、面白がるような雲雀の返事が返ってきた。