マーモンの場合
■ ■ ■
声が聞こえたような気がして、振り返る。
『雛香、この際だから言っておくけど……色々と悪かったね』
目に飛び込むのは、白い廊下。冷たい石壁。
それだけ。
「……マ、」
名前を呼びかけて、とどまる。
だって「彼」はもう、ここには。
『ーー雛香』
鼓膜に響く声は、自分の記憶の残滓でしかない。
10年前、自分の体内で響いたあの声は、もう聞こえることはないのだから。
ー君だってなんだかんだ言いながら、
僕達のこと嫌いじゃないんだろう?
「……マーモン」
全てを見透かすあの男がいたなら、
今の俺になんと言うのだろうか。
雛香は誰もいない廊下に踵を返し、静かに外を目指して進んでいった。