フランの場合
■ ■ ■
「…ってワケで雛香さんー、まずはミーと何しますー?やっぱこのままベッドインですかそーですよねー」
「おいこらフラン」
真顔であっさり自室に雛香を連れ込んだフランは、そのままベッドへと腕を引く。
本当に何のためらいもないその言動に、雛香は苦笑しつつも片手を上げた。
パコッ!
「ゲロッ」
「そういうろくでもないとこ、明らか骸の影響だろ」
頭をはたかれたフランが、雛香を見下ろしつつ口を曲げる。
「あんなヘンタイししょーといっしょになんかしないで下さいー。ミーはこう見えて一途ですよ」
「またえらく似合わない言葉が出てくるもんだな」
「雛香さんは会うたび口が達者になっていきますよね。あの人の影響ですかー?」
「あの人?」
はぐらかすかのように笑う雛香に、ますますカエル頭はむくれあがる。
「名前言わなきゃわかりません?」
「わかんないかも」
「そーゆーとこ、」
ホンット、雛香さんって生意気でムカつく。
どさっと小気味のいい音が響いた。
薄く柔らかなシーツの上、突き飛ばすように押し倒された雛香は、相変わらず笑んだままで頭上を見やる。
真顔でぎしり、上へと覆いかぶさるーフランのことを。
「…ちょっとは焦ったらどーですかー?」
「いやだって、」
眉根を寄せて見下ろす、その頬へと雛香は手を伸ばし、笑う。
「ーフランは、俺に変な事しないだろ」
「…何を根拠にそう言えるんです」
「だって、」
ゆるり。
フランの頬を静かになぞり、黒い瞳は優しく笑んだ。
「フランは、骸の弟子だから」
一瞬、驚いたように見開かれたフランの目が、次には不快そうに細められる。
「……それは、ミーがヘタレって言いたいんですかね?」
「おっと、骸のことそんな風に思ってたのか?言ってやろ」
「どーやってです雛香さんが。師匠は牢の底なのに」
「夢を媒介にして会ってくるよ」
「…ああ。あの人そういう器用なマネができたんでしたねそーいえば」
はあ。ため息か嘆息か、息を吐き出したフランが言う。
そんな相手の様子を見、未だベッドに仰向けていた雛香は、ぐっと両肘をつき起き上がった。
「…で、そこどいてもらえるかなフラン」
「嫌ですー」
「あーもう、お前にはコレ渡しに来ただけだってー…」
さっきまで笑みしか含んでいなかった黒い瞳が、
瞬間、驚きの色に染まった。
「……っ、まっ」
「このままじゃミーのプライドが許さないんでー」
とっさに雛香が突き飛ばす寸前、黒い隊員服はぎりぎりで跳ね起きた。
口元を押さえつつ起き上がる相手に、フランは少しだけ舌を出す。
「…まっさか、フランにキスされるとは」
「ヘタレの称号とか、ミー死んでもイヤですから」
「だからってやるなよ」
好きでもない相手に、しかも男だってのに。
そう苦笑した彼の目には、もうすっかり先程までの余裕が戻っている。
その様子を確かめて、フランはムッと唇を結んだ。
―本当に、かわいげのない人ですねー。
「…10年くらい前の雛香さんと出会っておきたかったですねー」
「お前とちゃんと会ったのは、わりとつい最近のことだもんな」
「昔はもっとカワイかったって聞きましたよ」
「誰に」
「ウザイ先輩に」
「…あー、ベルか」
口元から手を下ろした雛香の目がきらめく。おおよそ昔のことでも思い出しているのだろう。
離された唇の横、色白な頬がほんのわずかにまだ赤いことに気が付いて、フランは少しだけ気分が晴れた。まったく、もうちょっと動揺してくれてもいいじゃないですか、と思いながら。
まあ、しょうがないですねー、
と、フランは目の前の青年を眺める。
黒い瞳に黒い髪、身長は24歳の平均に比べたら低いだろうが、その眼には鋭い光がちらちらしている。引き締まった身体つきとか黒いスーツとか、そんな視覚的なものだけでなく、その道の者にしかわからない肌で感じる何かが、彼にはあった。―殺気。闘志。
ほんとーにコワイ人、とフランは内心肩をすくめる。
金髪の王子や力量不明のボスがああも追う、その理由がなんとなくわかった気がした。
―それから、彼を追い回す人間が多い、そのワケも。
「…雛香さーん。ドアの外でうるさいクソ隊長が近づいてきてるんで今日は無理ですが、今度ヒマな時ミーとデートしてくれませんかー?」
「うわ、そういう誘い方も骸そっくり」
「…今度あのパイナポーとはきっちり話をつけてきますー」
「え、でも」
悪戯っぽく雛香が口端をつり上げた。
「俺、行くなら骸よりもフランとデート行きたいな」
「……これが世にいう天然タラシってヤツですかー…」
「いや別に、俺雛乃以外を誑し込む気はないんだけど」
「……なるほど、これが世にいうブラコンっていうヤツですねー…」