凛々Ant | ナノ



心のウラと駆け引き(1)

「……で、こいつが例の子ども、なんだよな?」
「はい、ディーノさん。リネイアです」

 どうせこころよく思っていないのならば、そうやって口にはっきり出せばいいのだ。
 ニッコリ笑う綱吉の横、金髪男の無遠慮な視線に晒されたリネイアは、イライラとそう思う。

 「会合」だのなんだの、色々と付き合いやら体裁やら面倒くさい物を綱吉が抱え込んでいるのはよく知っていたが、まさか自分が呼び出されるとは思ってもみなかった。
 「ディーノさんはオレの兄弟子で、とてもお世話になっている人なんだよ」と綱吉がいつになく嬉しそうな口ぶりで言うからほいほいついて来てしまったものの、完全にハメられたな、というのが現在のリネイアの心境である。
 真向い、いや正しくを言うと斜め前、一応慎みを持っていうなら興味深く、ハッキリ言ってしまえば不審そうに自分をじっと見つめている金の瞳に、リネイアは心底うんざりし始めていた。

 兎のように赤い奇抜な目の色ゆえ、好奇の目を向けられることには慣れている。だが、こうも露骨に訝しむような瞳で見据えられると腹も立ってくるというものだ。あの六道という男といいボンゴレ同盟第三勢力のマフィアの頭だという目の前の男といい、どうしてこうも疑いの眼差しを向けてくるのか。

 自分は、こんなにも心の底から綱吉を慕っているというのに。

「……ふうん。変わった目の色なんだな」
「ええ。生まれつきらしくて」
「へえ。生まれつき、ね」

 男、確かディーノだと名乗った相手は意味ありげな目でこちらを盗み見る。イライラとリネイアは足を組みそっぽを向いた。あまりあからさまにやると綱吉が困り顔をするからやらないが、本当のところは今にも席を立ちたい気持ちでいっぱいだ。

「ああ、そうだ。ツナ、今日はとっておきの土産を持ってきたんだよ」
「土産、ですか?そういうのはいいって、オレ言ってるのに」
「いーんだよ。可愛い弟弟子のためだ。ほら、ロマーリオ」
「はいよボス」

 横で交わされる2人の会話に、リネイアは横目で様子を見る。
 ディーノの呼びかけに応えたのはすぐ側に控えていた黒髪の男。どうやら相当忠実な部下らしく、名を呼ばれただけで瞬時に動き、ひとつの紙袋を差し出した。もちろんアジトのメイドなんかがよく手にしているような物ではなく、立派な金印の施された、明らかな高級品のたぐいだ。

「最高級品の葡萄酒。町の人のお墨付きだからな、是非味わってくれ」
「そんな物、オレは受け取れませんよ」
「そう言うなよ。ロマーリオ、グラスの用意を」
「ああ、ただ今。ボス」
「ダメですって、そんなのオレの方で……」
「いやいや、オレが今すぐ飲んで欲しいんだ。こっちでちゃちゃっと用意するから、ツナはこんな時くらい、大人しくしといてくれよ」
「ディーノさん……」

 困ったように綱吉が微笑む。だがその目に暖かな色が浮かんでいるのを見れば、口では何と言おうと心では嬉しく思っていることは明白だった。複雑な気持ちでリネイアは微かに息を吐く。
 ディーノという男のことは気に入らないが、綱吉を喜ばせる相手なら、そうそう無下なふるまいもできない。

「ほら、お前も」

 全く違うことを考えていたからか、目の前にトン、と置かれたグラスに、リネイアの反応は一瞬、遅れた。

「えっ、ディーノさん、リネイアは……」
「あ、そっか。日本では飲酒は20歳からだっけ?まあ、今ぐらい気にすんなよ。んな強い奴じゃないしさ」

 横で綱吉が慌てふためく。が、一方ディーノは平然としたものだった。

 じっと己の前に置かれたグラスを眺め、リネイアはどうするべきか思案する。別に酒を口にすることに抵抗は無いが、それより明らかに自分の事を快く思っていなさそうな相手に飲み物をふるまわれた、というそちらの方が気になった。酒を用意される間の相手の手元なんかよく見ていなかったし、グラスに何か混ぜるくらい、簡単にやってのけそうな雰囲気だ。
 ちらり、綱吉に目をやれば、彼はやや困ったように首を傾けた。その目元は微妙な影を含んで笑んでいる。

 リネイアが飲みたければ、いいよ。
 でも飲みたくなかったら、そうはっきり言って大丈夫だから。

 そんな声が頭の中に響いた気がして、リネイアは結局何も言えずにグラスを取った。
 相手との関係を思えば、綱吉としては自分が異議なく飲んだ方がいいに決まっているのに、そこを全く顔に出さない彼は本当に人が良すぎる。
 まあ、だから自分のような者でも受け入れてくれるのだろうけれど。そう内心呟いて、リネイアはグラスの中身を一気にあおった。

「ええっ、リネイア!」
「お、いい飲みっぷりだな。でもそれ高級品だから、オレとしては味わって飲んで欲しかったなー」

 慌てふためく綱吉の声に、ディーノの面白半分無念さ半分といった声が被さるようにして降ってくる。
 ペロリと口元を舌で軽く舐め、リネイアは無表情にグラスを机に押しやった。味は悪くない、だが妙に後味がほろ苦い。大して飲酒の経験が無いのがまた良くないのかもしれなかったが、つまるところハッキリいって美味しくない。
 ディーノが残念そうな目を空のグラスへ向ける、それだけが唯一愉快に思われた。子供っぽいと言われようとも仕方ない、あおったのもワザとだ。
 綱吉には悪いがこれくらいは見逃してもらいたい。不躾な視線に晒され露骨に警戒されと、いい大人に慇懃な態度を取られて落ち着いていられるほど、自分はおとなしくも鈍感でもないのだ。
 
「大丈夫?リネイア」
「大丈夫」

 心配そうな綱吉の顔。覗き込んでくるそれにこくんと首を縦に振れば、茶色の瞳は柔らかに緩んだ。
 目ざとくその変化を見つけて、リネイアの口元も少しだけゆるまる。口内はわりと吐きたくなるような味で占められていたが、綱吉の暖かな目元を見ていられるなら、まあ我慢するのもそう苦ではない。



 2人のやりとりをただじっと見ていたディーノは、何の感情も読み取れない瞳で空のグラスへ目を落とした。それからまた、短く言葉を交わす2人を見る。
 柔かに口角を上げ、伸ばした指先で少年の頬を拭うツナ。頬をこすられ、ほぼ無表情ながらもほんの僅かに目元を緩ませる小柄な少年。
 一見ひどく珍妙で、かつ重々しい雰囲気を持つボンゴレの応接室にはとても似つかわしくない光景だ。
 袖の内、ツナ側からは見えない角度で白粉の入った小瓶をくるくるもてあそびながら、ディーノはふうん、と声に出さずに呟いた。

 大事な大事な弟弟子が連れ込んだ謎の子供。ここ最近、不穏な動きが非常に目立つこの世界の情勢ゆえに、ディーノはツナの行動をかなり危険だと感じていた。
 今のツナが、率直で無知な昔の彼そのままだとは思わない。だが、少しばかり人が良すぎる。
 何を考えているかいまいち掴めない弟弟子の横顔を眺め、ディーノは内心で息を吐いた。ツナ、と声には出さず呼びかける。
 心中とはいえ、言葉を続けるのはためらわれた。未だに認めるには難が有る、重たく苦々しい事実。
 ツナ。もう一度だけ、優しく微笑む横顔に、ディーノは声無く語りかける。

 ――もう、全て見透かすあの家庭教師はいないんだぞ、

 と。



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