凛々Ant | ナノ



血に満ちた契約(3)

 ダンッ!!!


 鈍いと呼ぶには重すぎる、素早いと言うには鋭すぎる――そんな爆音が、突如部屋を揺らした。
 パラパラと壁の欠片と白煙が舞う中で、ゆらり、立ち上がり揺れる紫色の長髪。

「ごほっ、ごほ……全く、物騒ですね。僕の髪がほどけてしまいました」
「……そんだけ?」
「ええ。いえ、」
 消えゆく白煙の向こう、露わになる少年の仏頂面に、骸はふと手で服の裾を払うと微笑んだ。
「少々、服が汚れてしまいました。ああこれでは部屋も、」
「煩い。くっそ、さすがボンゴレ霧の守護者……その名は伊達じゃないってか」
「ほう。僕のことをよく知っているようですねえ。沢田綱吉が親身に教えるとは思えませんし……」
「六道骸。25歳。10年前に数多のファミリーを壊滅、当時ボンゴレ10代目候補だった沢田綱吉を襲撃し敗北、そのまま復讐者の牢獄に囚われる。その後脱走を試み失敗、再度囚われ、しかし最終的には釈放される。……こんなところ?」

 沈黙。

「……ほう、やはり只者ではないようだ。君も」
「でもそんなとこまでだよ。同じ職種の人間なら、その程度はおなじみの知識だ」
「つまり……君は、やはりマフィアの人間だと」
「何を今更……はっ、」


 薙ぎ払う。首を捕らえる。
 勢いを殺さず床に叩きつければ、ごほっ、と掠れた声をあげ、少年は顔を苦痛にゆがめた。

 静止。
 完全な、沈黙。

 遠く静かにかすかに響く、どこかで粉塵が落ちるパラパラという音に、2人の息遣いが混じり合う。

「……放せよ」
「今更、怖くなりましたか?」
「は?誰が?」
「立場はわかりましたか、とお聞きしたんです」
「いいや全く」
「そうですか」

 なら、と。
 捕らえた細い首筋を、強く絞めあげ三叉槍の先を重ねる。刺しはしない。ギリギリで止める。
 鋭利な刃先の埋まった肌の上、喉仏がひくりと上下した。
 宥めるように、撫でるように刃先でなぞる。そう――それはそれは優しく、まるで愛撫でもするかのように。

「っ……やめろ」
「おや、もう遅いですよ」
「違う、そうじゃない……やるなら、ひと思いにやれよ」

 見下ろす。赤い瞳が睨め上げていた。
 鋭利だった。自分が向けた槍の先より、遥かに強く鋭い。殺気。
 だが同時に、その奥で澱む光を見た。
 ゆらり、とほんの微か、おそらく自分ぐらいにしか勘づけない小さなぶれ。
 気が付かないうちに笑っていた。声には出さず、口の形だけで笑う。苦笑。冷笑。憫笑。
 否、どれでもない。どれと呼ぶのも正しくないと思った。こんな、精神が沸騰するような奇妙な笑い方の名前など。

「……何だよ」
「君にも子供らしいところがあったのだな、と思いましてね」
「は?」
「君、いくつなんです」
「……いくつに見える」
「そういう年嵩女の常套句みたいなのは欲してないですよ」

 赤はまだ微かに揺らめいていた。そこに宿る感情の名を、骸はよく知っている。恐怖だ。
 否、そう断言するには彼の目は殺意に満ちすぎていたが。

「……15」
「ほう」

 黙り込むかと思ったが、意外にも少年はぽつりと答えた。
 だからと言って、首の三叉槍を外す気は当然無い。
 はなから、そんな慈悲は持ち合わせていないのだ。もうこんなにも全身が高揚している今は、特に。

「もっと年下に見えますね」
「は?誰がもっとッ―――、っ!!」


 赤い瞳が、限界まで見開かれた。





「……ああ、すみません」
 小さくそう呟き、骸はぺろりと指を舐めた。
「無意味な問答が、今更ながら面倒になって」
 血に塗れた三叉槍で床を引っ掻き、骸は音も無く立ち上がった。
 無表情に見下ろすそこ、仰向けに横たわる少年が1人。

「……はッ、はあッ、はっ……、はっ、」
「すみませんね。軽くキズを付ける程度で問題ないのですが、ちょっと、つい」
「はッ、なに、がッ、つい、だ……はぁ、はっ」

 顔を歪め、少年はぎこちないながらなんとか手をつき身を起こす。
 その首元から次々と滴り落ちるのは、真っ赤な色の血の雫だった。

 白く細い首筋を、染め上げるかのごとく溢れ、濡らし、つたい落ちていく赤い血液。
 苦悶に満ちた表情の下、その首の姿態は驚くほどアンバランスで美しく、そそられた。苦しげな呼吸をしながらも抵抗の意を見せ起き上がる、その気概にもまた口角が上がる。
 芯が強いのは悪くない。むしろその方が面白くて好みだ。

「チッ……てっめえ、ほんっ、とに……はッ、遠慮ナシに、はッ、切りやがったな、くび……ッ」
「すみませんね。いつもはそれほどでもないのですが」
「はッ、あ、はっ……」
「止血して差し上げますよ。動きを止めてください」
「いらね、ッ、自分で、やる」
「強がらないでください。それに、」
「ッ?!な……う、あっ……」

「「君の身体は、もう僕の物です」」

 二重に響いた声に、眼前の赤い瞳孔が混乱に開く。だが視点を切り換えれば、目に映るのは加虐的な笑みを浮かべた自分自身の顔だった。
 抵抗の意を見せる少年の重たい肢体を操って、骸はうっすら笑みを浮かべる。
 動揺、困惑、焦燥――乗っ取った少年の内をひた走る、混沌とした感情を感じ取りながら。


「リネイア。……これで、君は僕の物ですね」


 ポタリ、床に赤い雫が落ちた。



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