凛々Ant | ナノ



血に満ちた契約(1)

 名前、リネイア。姓は不明。
 両親不明。血液採取と鑑定結果から東洋と西洋の血を半々に受け継いでいることは判明。つまりハーフ。
 戸籍不有、その他生い立ち・過去・嗜好・趣味全て不明。


「……と、これだけ謎だらけの君をこのボンゴレにあの男が置いていることに疑問を抱きます」
 ずらりと並ぶ「不明」の文字に、大きく嘆息した六道骸は書類から目を上げじとりと睨む。
 一方、睨まれた相手は実に平然とした態度で、それはそれはなんとも思っていなさそうに肩をすくめて見返した。
「で、それが?俺に言われても困るんだけど、六道骸」
「……まったく、本当に」
 君という人は。そう吐き捨て骸は苦々しい顔をする。

 ぺらっぺらな書類2枚にホッチキス、それも空白だらけの淡白な中身。ようするに今六道骸が座りうんざりした目を向ける、そのデスクの向こうで退屈そうにソファを陣取る少年の詳細を、何ひとつ明確にしていない、否、しようなどとしていない資料。
 こんなもの、紙の無駄遣いにすぎない。

 苛々と書類をほうる骸の向かい、苛立ちの原因である当の本人は全くもって淡然としたものだった。持て余し気味の長い紫髪をパサリと肩にかきあげて、うんざりとしたため息を吐き出す骸をただただ眺めている。
 それは骸が彼を呼び出した数十分前から何ひとつ変わらない態度であり、放っておかれてつまらなそうにしているようにも、呼び出したこちらの魂胆をじっとうかがっているようにも、どちらにも取れた。

 もう1度ため息をつき、骸は顔を上げる。

 デスクの向こう、ソファに座り大人しくこちらを見つめる赤い双眸は、持ち主の顔のあどけなさを綺麗にぶち壊しにしていて、どうにもこうにも奇っ怪だった。
 おそらくそこらの一般人なら、ひと目見た瞬間に悲鳴をあげるだろう。いやさすがにそれは無いか。精々目を逸らし身を引く程度かもしれない。それにしたって忌避の意を表されるのは間違いない、それがこの少年の第一印象だった。

 そしてそれは、今でもやはり変わらない。

 痩せて細すぎる白い頬、同じく鋭い顎のライン、くしゃくしゃと跳ねる黒髪に、すらりとした、と言うにはやはり難がある小枝じみた脆い肢体。
 初め見た時は頬がもっとこけていて、ずたぼろな服(果たして服と呼べるかも怪しかった)を身につけていたのだから、今はまだマシだと言えるのだろう。そんなとてつもなくどうでもいい思考に至っていることに気が付いて、骸はまたも大きなため息をついた。

 駄目だ、この少年を前にしていると、当初の目論みとは全く無関係な考えばかりが浮かんでしまう。
 例えば、彼の正体を暴きたいだとか、一体どんな過去を抱えているのだろうだとか、その肢体を組み伏せて首でも絞めれば、あの赤い瞳は涙で揺らいでくれるだろうだとか――ひどく下らない、必要性の無い考えが。

 これ以上は無意味だ。その結論にやっと達して、骸はバンッ、と机に手をつき立ち上がる。
 突如動きを見せた骸に、無言でソファに座していた少年はビクリと微かに身をすくませた。だがそれも一瞬のことで、デスクからつかつかと大股に歩み寄る骸に、大して怯えた様子も見せず彼は静かにその面を見上げる。
 なんだよ。そんな風に言いたげな、大袈裟に眉を寄せたその表情を骸は腹立だしい気分で見下ろした。

 何もわからない。何も見えない。
 なのに、こんな少年を沢田綱吉は平気で置く。
 お人好しはお人好しだが、だからと言って沢田は無謀な気質ではない。むしろ慎重だ。
 だからこそ骸には解せなかった。なぜこのような少年を手元に置くのか、その内面を露わにしないのか、履歴を探ろうとしないのか。
 ボンゴレ上層部や周囲の懸念、そういったものをのらりくらりと交わしながら、沢田綱吉はこの少年を危惧視せずここ、ボンゴレ日本支部に置いている。住まわせ、自由にさせている。
 もっとも彼はアジトの建物深部への立ち入りはおろか、敷地内を自由に散策することさえ許可されていないようだったが。

「……君は、本当に謎だらけです」
 無言。
 追い詰めるように前に立つ、骸を見上げる少年の瞳に翳りは無い。だが驚きの色も無い。
 彼の瞳にあるのは、ただ冷めた傍観の感情だった。
 今から何が始まるのか、さして関心の無さそうな――それはひどく無感情な。
 その客観の態が、上等なソファのクッションを沈ませもせず座る脆弱な体に似合わない物だと気がつき、
 気がついた瞬間、


 目の前の細い肩を突き飛ばしていた。



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