凛々Ant | ナノ



心のウラと駆け引き(3)

「……で、何の用?」
「察しがいいのは嫌いじゃないぜ」

 廊下に出、しばらく歩いたところでぱっと距離を取る。
 しばらく、というのは綱吉が気配を探れないであろう程度、つまりそれなりに離れた地点を狙ってという意味だ。

「……俺を疑ってるんだろう?」
 疑問ではなく、断定口調で相手を見上げる。
 睨めるようなリネイアの目付きに、微かに笑みを浮かべたディーノが口を開いた。

「ああ。それはもう、存分にな」
「ああそう、やっぱりね。……で」

 どうするつもりだ?
 無音で紡いだその言葉を、しかし相手ははっきり悟ったようだった。
 少し離れた地点から、黒服の部下たちが遠巻きに様子を探っている。
 不利なのは己だった。それは間違いない。
 だが、おそらく相手にとって誤算なのは――自分が、"普通の人間ではない"、そこだ。

「……ツナは、お前を信用しきっているみたいだ」
「うん」

 何の躊躇いもなく、リネイアは頷く。
 それは自分もよくわかりきっていることだった。綱吉から向けられる、暖かな瞳。

「だから、」
「うん」

 ――?
 どこか――急に、身体に違和感を覚えた。
 ふいに、視界が歪んだような印象を受ける。
 と、同時に――ぐらつく足元。

 え?


「……お前にも、ツナへの覚悟を見せてもらう」


 瞬間、ほぼ同時に、
 体中に火を付けられたような激痛が走った。




「……!ッ、……あ、ぁ、っ……?!」
「悪いな、手荒な真似して。でも、こっちもあんま悠長にやってる余裕はねーんだ」

 ミルフィオーレの連中があれこれ不穏な動きを見せてる間はな。
 付け加え、ディーノはがっくり膝をつき喘ぐ少年を、容易く片手で壁に押さえ込んだ。
 振動が響かないよう、最低限の衝撃で調整しながら。

「……っぱ、盛って、たのか……クスリ……」
「大した副作用はねぇよ。ただ少しの間、痛みに苛まれる」
「ぐっ……最低、死ね、……ッ、」

 抵抗を見せかけた細腕を、軽々と両手で封じ込む。
 自分の肩ほどもない身長の相手は、両足の間に膝を割り込ませれば、いとも簡単に壁際に追い込むことが出来た。

「さて、と……他の奴等が来ないとも限らねぇし、手っ取り早く済ませてーんだが」
「……う、ッ、は、ぁ……っ」
「……お前は何者なんだ?リネイア」

 鋭い、普段の温和さの欠片もないボスの瞳で――ディーノは、冷たくリネイアを見下ろす。
 全身を苛む激痛に顔をゆがめ、しかし必死で唇を噛み締め声を出すまいと堪えている、その健気な姿を見ていると、どうにも罪悪感がこみ上げそうになったが――ディーノは首を振り、何とかそれを打ち消した。
 自分は、キャッバローネファミリー10代目ボス、大切な家族と町人と、そして可愛い弟弟子に迫る影があるならば――払拭せねばならない。
 はっ、と浅い息を苦しげに吐き、苦痛にぐっと眉を寄せた少年の眼前に、顔を近づける。

「正直に吐けよ。……ここで死にたいんじゃなければな」

 囁くように、掠れた、しかし躊躇ない殺意を込めた声音で告げる。
 それは標的を追い詰めた時にのみディーノが使う声音であり、耳にした者が凍りつくような響きを伴っていた。

 ――だが。

「……はッ……何ソレ。ばっかじゃ、ねぇ、の……」

 すぐ目の前、額と額が触れ合いそうなその至近距離で。
 忌々しげに細められた瞳は、それは鋭く強く、光を放った。

 こちらの奥底まで射抜くような、紅い光を。

「わかん、ねえ、ならそれで、いいけど、……ッ、……俺は、おもって、る……」
「……え、」
「俺は……誰より、綱吉を……はっ、ぐ、ッ、……心から、おもって、る、んだ」

 途切れ途切れに、けれど確かにそう言い切ると、少年は力尽きたように目を閉じた。
 微かに開いた口から、弱々しくなりつつある呼吸音が零れるのを見、――ディーノは、ぐるりと首を回す。

「……ロマーリオ!薬を!」
「ほいほい、ボス」

 言い終える前に即座に返る反応。優秀な部下に、そんな場合じゃないとわかっていながらも口角が上がる。
 空を切ったジップロックをキャッチすると、封を開けディーノは向き直った。
 ぐったり壁に頭を預ける、リネイアの方へと。

「……口、は開けれそうにないな。……ていうか待て、お前意識あるか?おーい?」
「う……」

 ディーノが慌てて呼びかけるが、くたりと首を折り、うなだれる少年から返事は無い。

「!、ボス、やべぇぞ。早くしねぇと、そいつ死んじまう」
「いや、わかってけど……うーん、仕方ねぇな」

 再三の部下の催促に、ディーノは薬を手に覚悟を決めた。
 僅かに細い息を漏らす唇にくいっと指を掛け、顎を上向かせる。
 恨むなよ、と一応心中だけで呼びかけた。緊急事態、同性同士といえど――嬉しい経験では無いだろう。自分はともかく、この少年にとっては。
 ディーノは小さな唇を舌でこじ開け、無理やり口に含んだ錠剤を転がした。



「よーしいい子だ……ええっと、リネイアだったっけ」
「はっ……は……、」
「うんうん、呼吸はだいぶ安定してきたな」

 軽い調子で言葉を紡ぎながらも、ディーノは内心冷や汗だらだらだ。
 なんせミルフィオーレと無関係、それも綱吉を心から慕っている子供に無用な手出しをしてしまったのだ。いや、ミルフィオーレうんぬんは自分が勝手に判断しただけで、本当のところなど何もわかりはしないのだが。

 片手でよいしょっと少年を抱きかかえ、もう片方の手で空のジップロックをポケットに押し込む。ディーノが(あくまで致し方なく)口移しで錠剤を与えた黒髪の少年は、呼吸こそ回復の兆しを見せ始めたものの、その白い瞼が開くことはない。
 そう、あの随分奇異な赤い瞳孔が覗く気配は、欠片も。

「……ボス。やらかしてねぇか?」
「んなこたねーよ!ただちょっと盛る量多かった、かなー……」
「きっちりやらかしてんじゃねえか……」

 今度こそ両手でリネイアを抱き直したディーノへ、黒服の部下から呆れと微妙な棘を含んだ辛辣な言葉があけすけに降りかかる。
 もちろんそれは普段の信頼関係からくるものだったが、だーってよ、とディーノは口をやや曲げた。
 なんせあのツナの前、超直感抜きにしたってやったら鋭い弟弟子の目をなんとか盗んで薬を盛るのは、なかなか骨折る作業だったのだ。手元の僅かな狂いなど、むしろ一体どうしろと。

「しっかし軽いなこいつ。ちゃんと食ってんのか?」
「そりゃボンゴレにいんだから、仮にも食いっぱぐれてるようなこたねーだろ」
「でも確かにほっそいよなあ。俺さっき応接室にいた時から思ってたけどよ」

 リネイアを横抱きにしたディーノが首を傾げれば、途端にわらわらと周囲を囲むその部下たち。それは普段のキャッバローネ邸ならなんてことない、ありきたりな風景だったのだが――。


「……ちょっと君達、」


 カシャン、明らかに硬質な何かが擦れる音がして、キャッバローネ一同はディーノを始め、全員ピシリと固まった。

「……何、してるんだい」

 マズイ、皆一様に同じ表情を浮かべ振り返った、その先に――。


 トンファーを両手にこちらを睨む、雲雀恭弥が立っていた。



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