黒に堕ちる | ナノ

選ぶのは黒か白か
「なあ…キメラ」
「……」
無言ながらこちらを見るキメラに、これが彼女なりの反応の仕方なのはここ何日かで気が付いた。
「たたかうって…どんな感じなんだろうな」
胸元のアームをいじりながら、僕は呟く。
「この前私と闘ったじゃないか」
「あれはケンカだろう。仕組まれたんだし…」
どこぞの大バカ司令塔に。
「…けんか…」
なぜかあきれたように目を細めるキメラに、僕はふう、とため息をつく。
ここ2,3日、ウォーゲームのモニターを見ることができない。
「どうしたんだい。らしくない」
「…6thバトル、な」

ここ2,3日、メルはずっと勝ち続けているらしい。
あの、青色の髪の彼も、当然。

「…僕も、出場するんだ」





『選ぶのは黒か白か』






『選んで』
いつも通り、突如僕を呼び出したファントムはそう言った。
いつも通りの笑みのない、その真顔にさすがの僕も息を呑んだ。
だって、あの腐れあほ司令塔がそれこそ真のボスのように凄まじい威圧感を放ちながら言うんだ。おかしいだろう。いや絶対おかしい。
だが、次の瞬間告げられた言葉に、僕の思考はもっと混乱に陥った。


『ノア。6thバトルで、君にはアルヴィス君と闘ってもらいたいんだ』


…は。


は、意味が、
意味がわからない。


『…だから、選んで』


ファントムは、言う。
どこか苦しそうに、悲しそうに。
この冷血無情の男が、そんな表情する訳もないのに。
彼は、微苦笑を浮かべ言ったんだ。


『…チェスに残るか、彼の元に帰るか…選んで』






「…闘うって、どんな感じなんだろう」
僕は、呟く。
胸元のアームは何も返さない。
僕の指ですっかり温められたそれは、ただきらきらと銀の光を放つだけ。
「…私は、お前の意思を尊重するよ」
「へ」
驚いて、顔を上げた。
いま、なんて?
「お前がしたいようにやればいいさ」
仮面を付け、キメラが立ち上がる。
「ただ、覚えておきな、ノア」
彼女は振り返らない。
僕に背を向け、揺らがない姿で歩みゆく。


「お前の心は、もう決まっているだろう」




チェスか、メルか。
本来なら与えられるはずもない選択肢に、
幸運を喜び司令塔の心中を疑い、そう、
僕のやるべきことなど決まっているはずなのに。


「…なんで、迷っているんだ、僕は…」


ぎゅっ、とアームを握りしめる。
やっぱり何の反応も返さないそれに、
なぜか僕は無性に泣きたくなった。



眼裏に浮かぶは、揺れる青い髪と目。
差し伸ばされた手は、白く小さく。
あの手を無邪気に取っていたあの頃に、
どうして僕は戻れないんだろう。
「…バカだな、本当に…」



わかっていたんだ。
僕の心が、もう決まっていることなんて。



×
- ナノ -