俺が「犬」になった日の事
■ ■ ■
『……君、大丈夫?』
手を伸ばされて、顔を上げた。
正直、死ねと思った。声がすぐ近くで聞こえて、目の前に細くて白い指がすっと差し出された瞬間、ああ、これは俺に言ってるのか、と気が付いて、
死ね、
と思った。
偽善家か役人か。俺みたいな半死の泥ゴミに話しかける奴なんて、そのどっちかしかあり得ない。
どっちにしても殺してやろう。そう決めて、顔を上げた。
上げて、
ーー心を、奪われた。
『……良かった』
ほっとしたように、相手は笑った。
半泣きみたいな、ひどく妙な表情で。
なんでだ。だって相手はケガひとつしていない。無傷で、綺麗な服。くたびれているけど、それは汚れとは関係ない。
なのに。
どうして、そんな今にも泣きそうな顔で、
『まだ、顔を上げる力はあるんだね』
そんな、心からほっとしたような顔で、
『ごめん、こんなこと、突然言うのもあれなんだけど、』
そんな、眩しいくらいの目をして、
『……俺と、一緒に来てくれないかな』
どうして、俺を見ているの。
それが、俺が沢田綱吉の「犬」になった瞬間だった。
一生忘れない、奇妙で奇怪な、不可思議な出逢い。