贖罪 「ぐっ……」 「…聞こえているだろう?宮野雛香」 気道を圧迫され視界が霞んだ。 反射的に閉じていた瞼を、開ける。 見覚えのある黒い瞳が見えた。 否、見たことのない瞳だった。 「…そう、君が宮野雛乃を庇って死んだというのは嘘だ」 「…ッ、あ…」 冷たい。 鏡のような平坦で無感情な瞳。 「…失望しただろう?最愛の弟のために死んだわけじゃなかったんだよ、君は」 しらない。 知らない。わからない。 誰だーこの、凍りついたような冷ややかな目は。 「…ぐ、な、ん…っ、あ、」 「なんで、かい?理由は単純明快だ、君はどう思うかい、雛香」 ぐら、 全てが歪む感覚がした。 息が、酸素が、足りない。 どくどくと耳元で鼓動の音がする。 もがいた足が空を切る。 遠のく意識の中で、雲雀が耳元で囁く声が聞こえた。 「…君は僕が殺したようなものだ、なんて言ったら」 感覚という感覚が停止したような世界で、 けれど最後に見えた黒色を、 確かに自分はよく知っているような、そんな気がした。 ぐらり、力なく頭がかしぐ。 どさりと床に沈み込んだ体はぴくりともしなかったが、その胸元は微かに上下していた。 両手を握り締める。 きつく、強くー食い込む爪の感触すら感じないほどに。 「…雛香」 手加減なく絞めた首は、ひどく細く白かった。 細められた瞳も苦痛にゆがんだ口元も、 全て、弱く脆い。 それは14歳という年齢から来る幼さと未熟さ。 しかし、 彼は10年後に、自分のためにその身の全てを投げ出すのだ。 「…君の弟は僕を恨まないと言ったけれど、」 膝をつく。 そっと伸ばした指先で、ぐったりとうなだれる首元へと触れる。 なめらかなその皮膚に、 はっきりと浮かぶ黒い鬱血痕。 手加減なくやったのは自分の癖に、ひどく胸が痛んだ。 「……僕は2度と、君を失いたくないんだ」 白い頬に、手を添える。 目を閉じまるで眠っているような雛香に、 雲雀は静かに口付けた。 「……君は、僕を憎めばいい」 そうすれば、君は犯さないだろう。 僕を庇うだなんていう、愚かな間違いを。 それが、僕の償いになれば。 |