I bite you to death! | ナノ

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なにひとつ、明快にならないのなら


食器を片付け、調理場を出たところで。


「…やあ、宮野雛乃」
「……雲雀、さん」


見慣れた、黒いスーツに出くわした。





「…どうしたんですか?珍しいですね、こちらにいるのは」
「別に」

端的に答える雲雀の表情は乏しい。
10年彼を見てきたが、その顔を多くの感情が彩るのは、たった1人の前でだけだった。

「…そう、ですか」

目を逸らし、雛乃は横を通り過ぎる。
そのまま何事もなく行き交うかに思われたが、
ふと、背後で彼が足を止めた気配がした。


「…彼は、寝たの」


振り返る。
相変わらず何の感情も浮かんでいない瞳が、
こちらをじっと見つめていた。


「…いえ、さっき夕食をとったばかりですから」


なるべく何気なく、言う。
雲雀が名前を口にしなくても、誰のことを聞いているかなど明白だった。

「…へえ、この時間に?少し遅くないかい」
「僕が腕によりをかけすぎちゃって」
「…君が作ったの」
「ええ。愛情たっぷりの特製パスタ」
「……相変わらずブラコンだね」

ほんのかすかに、雲雀の口元が緩む。
だがそれを見た雛乃の心は、妙な具合にざわめいた。
内臓がねじれるような、そんな感覚。



複雑だった。
雲雀に対する雛乃の思いは、
どこまでも複雑にねじれ、歪んでいた。

許せない。
ごめんなさい。
酷い。
僕のせいで。
羨ましい。

渦巻くいくつもの感情の中で、
しかし、それでもなお最後まで根強く残ったのは。



雛香を、返して。



醜いほどに穢れた、そんな感情だった。




だから、どう動けばいいかわからない。
雛香が死んでから、
自分の中の雲雀に対する思いは、ただ複雑化し矛盾をはらみ喉を塞いだ。

許さない、そう思っておきながら、
ごめんなさい、と嗚咽してしまいそうになる。

だって、誰よりもつらいのは。


目の前で雛香を失った、
この青年に、違いないのだから。


それを返して、なんて追い詰めるなど。
散々雛香を独占し尽くした自分に吐ける言葉などでは、

到底、無い。




「…ひどい顔色」
顔を上げる。
いつの間にかうつむいていたらしい。
気が付けば、ずいぶんと近くに雲雀が立っていた。

「…僕はもともと色白ですよ」
「今は色白、というより青白いね。寝てるの」
「まさか。毎晩かわいい雛香の寝顔がすぐ隣にあるのに、寝るなんてもったいないことしませんよ」
「……本当に、君は」

あきれた。
雲雀の口元が、苦笑の形に釣り上がる。


「……じゃあ、僕はもう行きますね。雲雀さん」
雛香が、待っていると思うので。


やや無理やり気味に、会話を打ち切る。
背を向け、雛乃は歩き出した。

もう24歳。10年前とは違う。
違う、のに。


どうして、

自分自身の感情ですら、こうも掴めないのだろう。




「…待ちなよ」

背後から、気配。
はっと、反射的に勢いよく振り返る。
しかし、相手にむんずと襟首を引っ張られる方が先だった。


「…なん、でしょうか」
「…ちょうど、君に聞きたい事があったんだよ」


見下ろす、黒い瞳を見上げる。
つり気味の黒目は、やはり感情に乏しくその内心は読み取れない。




「…君は、どうして僕を憎まないの」






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