謝罪と感謝と決意の時 うつ伏せに横たわる、雛香の体はぼろぼろだった。 白い頬に飛び散った血を、雲雀は親指でぐいっと拭う。 知らず唇に歯を立てていた。 ぬるい熱が口元で弾ける。不思議と痛みは感じなかった。 愛してるから。 忘れもしない言葉とともに目を閉じた、あの日の彼が目の前の悲惨な姿と重なり、ぶれる。 今度こそは。 呟いた雲雀がその体を抱き上げると同時、 雛香のまぶたが微かに震えた。 「…ん……」 「!」 動きを止めた雲雀の腕の中で、 うっすらと少年は目を開ける。 その黒い瞳に徐々に光が戻ってくるのを見、 彼の生命力の強さに雲雀は静かに感嘆の息を吐いた。 今度こそは、必ず。 「…目が覚めたかい」 「……。」 ぼんやりと視線をさ迷わせ、雛香はゆっくり瞬きを繰り返す。 と、何を思ったかおもむろに右腕を上げた。 「ッ、た」 「馬鹿、何動いてるの」 γに嬲られたその体はぼろぼろだ。血の滴る腕にかすかに眉を寄せた雛香を見、あらためてふつふつと怒りが湧いてくる。やはり完全にとどめを刺しておくべきだったか。 ぞわりと殺気を漂わせ始めた雲雀に、雛香はただじっとその表情を見上げる。 そして、先ほど止められたにも関わらず、 ゆっくりながらまたもその腕を上げた。 「馬鹿、だから何して…」 なぜ無理やり動かすのだ。 顔をしかめた雲雀の頬に、 そっと触れる、温度の低い指先。 「……は」 「…ひばり、だ…」 小さく小さく呟かれたその声音は、 なぜかひどく嬉しそうで。 「…りがと、来て、くれたんだな…」 微かに笑みさえ浮かべたその顔に、 一気に、息が苦しくなった。 「……なに、言ってるの」 「でも、ごめん…」 明快に、しかしゆっくり紡がれる言葉は、 少しずつ影を帯びてゆく。 「…何が、ごめんなの」 早いとこ、彼を黙らせてアジトへ行かなければ。 頭ではわかっている。早くしろと理性は叫んでいる。 だが、体が動かない。 「…『催眠』……」 かすれた声で雛香が呟く。 雲雀は黙ってその青白い顔を見下ろした。 手足が重くうまく動かない。 こんな感覚は、あの時以来だ。 あいまいな思考が脳裏をよぎる。 「つかったから…俺は、もう…」 うっすら、開いた唇から漏れ落ちる声。 その口端から伝う血雫が、すうっと細い顎を滑り、地に音も無くぽたん、と染み込む。 「黙りな」 唇を、重ねる。 口の端の血を舐め顔を離せば、雛香は何が起こったかわかっていないような、どこかぼんやりした目でこちらを見ていた。 「君は、死なせない」 だから安心しなよ、宮野雛香。 黒い瞳が、ぱちぱちと瞬きをする。 どこかぼんやりしていた曇った目が、 次の瞬間、ふっと焦点を結んだ。 「…うん…よろしく」 ひばり。 ぐ、と首に回された腕が、強く引かれる。 血でぬめる細身の腕では、当然痛まないはずがないのに。 「言われなくても」 答え、なるべく負担を掛けないように強く抱けば、 微かに彼が微笑んだ、そんな気配を感じた気がした。 やっと、会えた。 小さく呟いた雲雀の口元もまた、 ひどく優しく笑んでいた。 その目元に、僅かな涙を滲ませて。 |