I bite you to death! | ナノ

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おぼろげな既視感


夢を見た。


なぜ夢だと認識したのかはわからない。
垣間見えた光景が、あり得るものでは無かったからか。

それとも。



『…….雛香ちゃん』


呼んでいる。
「彼」が、名前を呼んでいる。


『雛香ちゃん』


ああ、そんな顔をしないで。
大丈夫、「俺」はここにいるから。
今、行くから、だから……。


『雛香ちゃん』
『大丈夫』


大丈夫だよ。
「俺」はずっと側にいるから。
ねえ、ーー。





目が覚めた。
視界に飛び込む鮮やかな緑に、一瞬訳がわからなくなりまばたきを繰り返す。
鮮明になっていく世界に、ゆっくりと脳が動き出した。
ああそうだ、と雛香はぼんやり思い出す。
そう、俺は森を抜けようとして…。


『雛香ちゃん』


口元を押さえる。
脳裏に蘇った声は、やけにリアルな響きをしていた。
とても夢のものとは思えない、ような。

「…ていうか」


知っている。


突如湧き上がった衝撃に、息が詰まった。


知っている?
そんな訳がない。
だって俺のこと、ちゃん付けで呼ぶなんて、そんな奴…。


「…意味わかんね」
首を振り、雛香は盛大に息を吐き出した。
だめだ、やめよう。自分が自分でないみたいで、気持ちが悪い。

とりあえず、と冷めた目で雛香は前方を眺めた。
広がる木立、相変わらずの獣道。

「…いくらサバイバル経験があるっつってもさ…」

丸2日、森の中をさまよい歩いた。
湖は発見したし植物も豊富だし、そうそう生命の危機に陥ることは無い。
ファミリーを潰して雛乃と逃げ回ったあの5年間がまさかこうも役立つとは、自分としても予想外だった。

だが。


「…そろそろ抜けてー、よなあ…」


どこまでも続く、木、木、木。
何の変化もない単調な色合いに、さすがにうんざりしてきたところだ。

ああそうだ俺方向音痴だった、と今更ながら思い出した事実に雛香はげんなりとため息をつく。
雛乃は素晴らしい方向感覚を持っているので問題なく抜けられるだろうが、いかんせん自分は昨日と同じところをぐるぐる回っているような気がしてならない。



「……雲雀」



ちくしょう、助けろよ。


額を抑えて呟いたところで、我に返る。
「…ああ、くそ」

なんで思い出した、自分。



長々と息を吐き出し、雑念を振り払うように頭を振る。
今ここにいるのは自分だけ、
頼れる者も自分だけだ。

「…行くか」

再度、前を見据え雛香は早足で歩き出した。
感じる疲労も脳裏に浮かぶ暴力委員長の顔も、全て振り捨てるかのように。


あの、奇妙な夢の内容も、全て。



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