別世界の忘れ物 『…君が、3人目の大空の保持者?』 『?……何言ってんだ、あんた』 そんでついでに言うと誰なんだ。 そう言い首を傾げれば、白髪の男は快活に笑った。 いかにも楽しそうに、可笑しそうに。 『違うの?…でも君は強いね。1つの世界を、ほぼ破壊しにかかってるだなんて』 『…別に、壊したかったわけじゃない』 目をやる先、 広がる荒涼とした大地に枝分かれする亀裂。 一切の草木の無いそこに、枯れた風がただ吹いていった。 さみしい。 さみしくて、からっぽなー血縁者も近しい人もいない、自分とおなじ世界。 指先に灯るリングを見つめる。 使い方なんて知らなかったけれど、気が付けばこのリングに導かれるようにして、全てに炎を注いでいた。こわしていた。 破壊ー案外、背後で笑う男の言うことは、合っているのかもしれない。 『……ねえ、僕の世界に来ない?』 『…?あんたの世界?』 『そう。パラレルワールド、だよ』 『?意味がわからないんだが』 『僕の名前は、白蘭。マシマロが大好物』 『…あんた、頭は大丈夫か?』 何の会話も成立していない。 呆れ切った目を向けた自分に、しかし白髪の男はニッコリ笑った。 『君の名前を、教えてよ』 『雛香チャーンっ』 『よし死ね』 『ひどい!相変わらず僕に対する扱いがひどい』 『あんたが真面目な対応しないからだ。ほら報告書』 『ありがとー雛香チャン。ならお礼のキスを、』 『しないねぜってー要らないね』 『冷たいなーもう』 ため息とともに差し出した書類を、事務机の向こうで白蘭が受け取る。 『そうだ、僕の渡した匣はどうだった?』 『すんごい可愛い。ケルって名付けた』 『…ケルベロス、だからケル?』 『ん。そう』 『……雛香チャンって、案外ネーミングセンス無いね』 『はあ?最高に可愛い名前だろーが』 今にも笑い出したいのを堪えているような目付きの白蘭を、むっと睨む。 『…んー、でもまもなくかなあ。トリセニッテが完成するのも』 『最後のリング…ボンゴレリングを集めなければならないんだろう?』 『うんー。いがーいと厄介なんだよね、ボンゴレファミリーって』 『なら、俺が仕留めてやるよ』 そう言い、白い隊員服の袖から匣を取り出す。 面白そうに見上げる白蘭を、不敵に見下ろし笑ってやった。 『ミルフィオーレ屈指の、この腹心がね』 『……雛香様。こちら書類です』 『ありがとーレオナルド。ところでお前、距離近くない?』 『クフ…いえ、気のせいですよ』 『そう?まあいいや、書類ありがと』 『いえいえ。ところで雛香様、今週末、空いていたりはしませんか?』 『へ…え、多分空いてる、けど』 『でしたら僕と、』 『雛香チャーン!!!』 ドガッ! 『レ、レオナルドー!』 『雛香チャン!元気?』 『待て待て白蘭!俺はすこぶる元気だが、レオナルドが大惨事だ!見ろよこいつ!』 『大丈夫大丈夫!それより雛香チャン、今週末は僕とデートしない?』 『は?…でーと、って、馬鹿かお前は!』 床でピクピク伸びているレオナルドを視界の隅に、腕を引っ張られ白蘭に部屋を連れ出される。 『ちょっ、待っ……絶対レオナルド、やばいって!』 『…あー、もう。いつ殺そうかなあ骸くん…』 『え?なんて、白蘭?』 『何でもないよー』 『しっかし、雛香チャンの持ってるリングって謎だよね』 『謎だな』 『精製度A以上なのに、トリセニッテとは無関係。のわりに、身体に掛かる負担は大』 『謎だな』 『…聞いてる?雛香チャン』 『いんやあんまり』 『ちょっ!僕泣くよ?!』 『勝手に泣いてろいい大人が。俺は今からボンゴレ狩りに行く支度でいっそがしいの』 『……ねえ、雛香チャン』 『ん、何』 『…気を付けてね?』 『……へえ。君が宮野雛香』 『俺の事知ってんの?ボンゴレ雲の守護者、雲雀恭弥…だっけ』 『噂はかねがね聞いてるよ。ミルフィオーレ、最強の覇者。そのリングの力ゆえに、身体の成長が止まったままの、白蘭の腹心』 『…うっわー、そこまで情報漏れてんの?優秀すぎでしょ、そっちのスパイ』 『どうかな』 黒い切れ長の目が、こちらを引き込むように艶やかに光った。 『…彼は、君がこれほど儚く魅力的な強さで満ち溢れている存在だとは、教えてくれなかったけどね』 『…宮野、雛乃。僕は、君の……雛香の、弟、だよ』 『……は?』 自分とよく似た黒い瞳が、 今にも泣き出しそうな色に満ちた目が、こちらに助けを乞うように両手を伸ばす。 『僕も、おんなじ…リングの力ゆえに、14のままで身体は止まったまま。だから、わかるでしょ…?』 『…わかんない、何言ってるのか、だって…』 『嘘だ。わかってるはずだよ、雛香』 煌めいた瞳に見据えられて、息が詰まった。 『……だって、僕らは双子だもの』 世界は、次々に切り変わった。 嫌というほどに鮮やかで、美しくて、 そして、なぜか酷く苦しかった。 |