変わらないもの 「……え、」 「ほんと、隙だらけだよな。てめぇ」 ぐ、と肩を掴む手の力が強くなる。 こつり、額を軽く触れ合わせてー目の前、銀の双眸は、きらりと光った。 「…ま、はや、」 「うるさい奴」 押しのけようと上げた手が、空を切った。 「…っ、う…はな、」 「黙れ」 無理やり獄寺の腕を掴んだせいで、怪我をした箇所が鈍く痛む。 はっ、と浅い息を吐きながら離れてゆく唇に顔を上げる。目を伏せるように細めて、こちらの顎に手をかける獄寺の顔が視界に映った。 「…やめろ、って」 「嫌か?」 ことり、背中が壁にぶつかる。 押し付けるようにしてこちらを見る、至近距離の瞳に今にも飲み込まれそうな気がした。 「…いやか、って」 不自然なところで言葉を切り、視線を逸らす。 いやか?そりゃ嫌だろ。 そう即答できないのは、きっと。 『…答えは、期待してない』 そう言った時のあまりにも悲しそうな目が、 胸を未だくすぶらせるから、だろうか。 でも、俺は…。 「なら、」 「!」 一瞬の逡巡の隙に、くいっと顎を上げられる。 「黙ってろ」 「は、」 やと、と名前を全て言い終える前に、 強引な力で唇を塞がれた。 「…っ、は…っ、」 「…っ…ん…」 ぴちゃり、濡れた水温が鼓膜を震わす。 ずる、と壁に預けた背中がすべり落ちていくのを感じると同時、足の間に獄寺の膝が割り込んだ。 「!ぁ、」 思わずびくりと肩をすくめる。両手はいつの間にか拘束済みで、握られた指先をそのまま壁に押し付けられていた。 「ふ、っ、…」 ちゅく、と生々しい音が響く。 とっくに体から力は抜けていた。床にだらしなく座りこまずにいられるのは、未だに獄寺の膝が割り込んでいるからだ。 「…雛香」 「っ、!」 やっと離れた唇が、耳元で低く名前を呼ぶ。 掠れたその声音が、ひどくくすぐったく全身が緩く痺れるようで、雛香はいやいやとやっとのことで首を横に振った。 「…何だよ、今更」 「っ、て、こんな、の…だめ、だ」 「何が」 耳朶を噛まれる。「ぁ、っ」思わずあがった声に目をぎゅっと閉じれば、絡んだ指先に力が入るのを感じた。 「…って、俺は…」 ー雛香。 穏やかな声で自分を呼ぶ、切れ長の瞳。 黒い目をすっと細め、その肩に黄色い鳥を止まらせて。 早く始めるよ。ほら銃出して。 その姿がぶれて、服装が黒いスーツへと変わる。 早く始めるよ。ほら匣出して。 そう、 10年経っても何も変わらない。変わらなかった。 雲雀が自分を昔から変わらない、と形容したように、雲雀もまた、雛香にとってなんら変わりない。そう感じた。 暴君で、自己中で、凶悪で、最強。 そんなどうしようもないほど変わりない奴に、でもいつの間にか惹かれていて。 その想いは、10年経とうと変化はない。 おそらく、叶わない想い、なのだけれど。 でも。 「…っ、隼人、」 指先を、ほどく。 微かに痛む腕を伸ばして、肩を無理やり引き離す。 「ーごめん」 ごめん、隼人。 お前の気持ちは嬉しいけれど、 でも。 「……俺は、」 俺のこの気持ちも、 変えられない、変わらないのだ。 ー俺は、雲雀が好きなんだ。 |