開け放たれた怪物 大気をビリビリ震わす咆哮とともに、 床を踏みしだき現れたのはー。 「…あっ、あれが雛香君の匣兵器?!」 「な…なんつーか、」 「カッコいーな!」 朗らかに言い放つ山本に、獄寺が全力でツッコミを入れる。 「バカかてめーは!!明らかに物騒じゃねぇかアレ!!」 「えっそうか?カッコよくね?」 「…雛香ッ!!」 「「「?!」」」 突然の大声に振り返れば、なぜか涙目で両手を握りしめる雛乃。 その全身をぶるぶる震わせている。 「えっ…何どーしたの雛乃?!」 「い、いつもいつもカッコいいとは思ってたけど…今回は格別だね…!」 「「「?!」」」 目をうるうるさせて感極まっている様子の雛乃に、ツナ達の頭には多大な疑問符と感嘆符しか浮かばない。 一体何がどうなって、雛乃はこうも半泣き状態なのか。 「今の雛香にとっては『初』開匣だからかな…!それとも久しぶりに見るせいかな?何にしてもすっごく、すっごくカッコいいよ、雛香の匣兵器…!」 1人延々とまくしたてる雛乃の姿をあぜんと眺め、 ふと顔を見合わせた3人は、何も言えずにただ無言で肩をすくめた。 「ワォ」 「わっ…」 雲雀が驚きの声をあげ、うっすら口角をつり上げる。 その前、雛香は驚愕と感動の入り混じった目で真上を見上げた。 「…すんげぇカッコいい…お前が、俺の匣兵器?」 「そう。…君は、"ケルベロス"と呼んでいた」 「ケルベロス…なるほどな。まんまだ」 「君といい弟といい、あまりネーミングセンス良くないからね」 「んなこと言うなよ。めちゃくちゃ良い名前じゃん。な?ケルベロス」 そう言い、雛香がにっと笑う。 途端、返るはとどろぐ絶叫。 まるで、雛香の言葉に応えるかのように雄叫びをあげる匣兵器。 防音耐性ばっちりのトレーニングルームが、みしみしと嫌な音を立てるレベルの強烈な叫声である。 雛香の足元に転がる、橙の匣。 その中から飛び出してきたのは、 トレーニングルームの天井まで到達するほどの、 巨大な、黒い怪物だった。 3つの頭の先に6つの目、 そして3つの口から炎を吐き出しているそのさまは、一般人が見たら確実に気絶コースである。 うごめく3つの首の元、黒い体毛に覆われた獰猛そうな身体が1つしかない、というのがまた不気味さを煽っていた。 雛乃の匣兵器を軽々と超える、ある意味おぞましい見た目である。 だが、雛香は横に立つ匣兵器を眺め、とても嬉しそうな笑顔を見せた。ここ最近で最も生き生きとしたその顔に、思わず雲雀が目をみはるほどである。 (…へえ) 異形の怪物へ視線を向け、雲雀はふん、と鼻を鳴らした。 バカバカしいとは思うー仮にも、匣兵器相手にイラっとするなど。 (……それに) チラリ、横目で壁際を見る。 床に跪き、なぜか両手を顔の前で握りしめている雛乃の姿を視界の端に捉え、雲雀は静かに嘆息した。 (……10年後の彼も、ずいぶん大事にしていたものだし) 無意識に、遠い面影を探してしまう。 目の前で怪物を見上げ笑っているその顔に、どうしたって重ねて見てしまうのだ。 『…雲雀!俺のケルとお前のロール、今日こそ決着付けてやるよ!』 そう言い、歯を見せ笑ったーあの顔を。 「雲雀」 そむけていた視線を戻せば、なぜか意地悪く笑う雛香の表情が目に飛び込んだ。 「…何」 「これで正々堂々、おんなじレベルで闘えるな」 「は?」 眉をつり、雲雀は懐から己の匣兵器を取り出す。 「何言ってんの?…それに、君のその子、そのままじゃここでは闘えないよ。大きすぎる。現に、沢田綱吉はこの部屋で僕と君が開匣すると、部屋が壊れるからやめてくれって毎度毎度乱入してきたくらいだからね」 「へ?」 突如会話に引き出されたツナは、ぎょっとして振り返る。が、対峙する両者は気にした様子もない。というよりおそらく視界に入ってすらいない。 「…なら、こうすりゃいいんだろ?」 「!」 意味ありげに微笑んだ雛香は、手を上げるとケルベロスの黒い体をそっと撫でた。 途端、 「え?!」「うおっ」「アレ?」 そろって傍観に徹するツナ達の前、 さきほどまで部屋を埋め尽くすサイズだった巨体が、みるみるうちに小さく縮み出す。 「エッ…ええー?!あれ、縮むの?!」 「縮むよ。あのサイズだと、ツナがぎりぎりオッケー出すんだ」 ガーンと白目をむくツナの横、なんとか通常モードを取り戻したらしい雛乃が、得意げに説明した。 その横、獄寺と山本はあぜんとした顔で、ケルベロスが可愛らしいサイズに縮んでいくのを同じ内心で見つめていた。ーそんなのアリかよ。 「ありがと、ケルベロス」 すっかり馬並みのサイズにまで縮んだ匣兵器にそう囁き、雛香は優しい笑みを浮かべる。 今や雛香の匣兵器は、大型犬といっても差し支えない姿へと大きさを変えていた。 馬並みのサイズの大型犬が存在するか否か、そして3つ頭があるという、もはやどうしようもない問題は別件にしておくとして。 つま先立ちで伸び上がり、匣兵器の首にキスを送る雛香を眺め、雲雀は密かに息を吐く。 ハナから開匣させる気ではいたが、まさかこうもあっさり上手くいくとは。 初めて開匣したにも関わらず、雛香は至極楽しそうで、そしてそれはそれは嬉しそうだ。3つの首に腕を回し、普段の彼からは考えられないような仕草で頬をすり寄せている。 心なしか、ケルベロスの様子も喜んでいるように見える。いや心なし、はないだろう。喜んでいるに違いない。 (まったく…君は本当に) 繊細で要注意。 扱いが難しく、開匣しても使い物になるかはわからない。 そう言われ遠ざけられる大空の匣を、こうも容易く手なずけ、言葉を交わさずとも心を通わせてしまう。 全く、とんだ人間だこと。 思わず息を吐いた雲雀の前、完全にご機嫌顔の雛香が振り返り、にやりと笑った。 「雲雀、なんなら首1本で相手してやってもいいってケルが言ってる。ほら、やろうぜ」 「…僕もなめられたものだね」 ケル、ね。 リングに紫の炎を宿らせて、雲雀は匣を片手に掲げる。 24の彼もまた、自分の「可愛い匣兵器」をそう呼んでは戯れていた。 10年前だろうとなんだろうと、やはり根本は変わらないらしい。 腹立だしいような、安心するような。 「安心しなよ、宮野雛香」 うっすら笑い、雲雀は匣にリングをはめこむ。 「開匣した以上、僕ももう手加減するつもりはないからね」 一瞬、驚いたよう雛香は目を開きー しかし、次の瞬間には挑発的に笑みを浮かべた。 「−やってみろよ」 刹那、 轟音を合図に、死闘が始まった。 |