時間は正午よりも2時間程前だろうか。
 奥に進めば進む程レベルの高いポケモンが多く住むこの森は、あまり人が立ちいらないことで有名だった。そんな森に、旅に必要な道具など一切持っていないあまりに軽装過ぎる一人の人間――年の頃は一見してまだ10代半ばあたりか、そんな少女が倒れていた。
(――自殺願望者、か?)
 少ないが、たまにこの森に入る自殺願望者。だがこの森で人間が死んだことは自分の記憶の中ではなかった。理由は森のポケモン達が救うからだ、人間を。
 どれほど人間に妨げられようと、この森に住むポケモン達は弱り死にかけている人間を見殺しにすることは決してしない。
 何故か。それはきっと、この森がそうさせるのだろう。倒れる少女の傍ら、異色のヒトカゲはふと森に生える木々達を見つめながらそう思った。

 この森にはどこか不思議な力があるのだと思う。別におかしな超能力だかなんだかは信じているつもりもないし神だなんだという者を信じる信仰心も自分にはない。けれどこの森に住み続けてずっと思ってきた。この森には心を落ち着かせる何かがあると。

 時に、この森は森全体が生きているのではないかと思う程壮大な何かを感じさせることがあった。たとえばそれは、この森に住むポケモンに害をなそうとする密猟者が侵入した時。
 森には大きな風が吹く。どこから発生するのかは不明のそれは森に生える木々達を大きく揺らしポケモン達に警告を出す。まるで逃げろとでも言うように。
 そんな不思議な何かを持つ、優しい森にポケモン達も習いポケモン達は人を助けるのだ。

 そしてそんな森に住み生きる彼もまた、目の前で倒れている少女を見殺しにすることは出来ず、彼の持つ尻尾で少女の頬を軽く叩いた。

「……う……」
『……息はあるのか』

 少女の息があることを確認し、ほっと一安心するともう一度少女の服装を見た。
 初めは自殺願望者かと思ったがどうやらそうではないらしい。少女自身や服装を見ても特に何かあったようには見えない。大概この森に入る自殺願望者はボロボロの布切れを纏いうつろな目をしているのだから。

『おい。こんな所で寝てんじゃねえよ。人間』

 そうしていい加減起きない少女に腹が立ち、少々強めに叩くと少女は目を覚ました。ぱちりと目を開いた少女は突然入ってきた強い日の光に眩しそうに目を細めている。
 少女の目は死を望むような目ではなった。やはり自殺願望者ではなかったか……となると、迷い込んでこの森に入ったこの近辺の町に住んでいないよそ者か。

 しかし、その少女はヒトカゲの予想の上を行く場所から来た者だった。

◇ ◇ ◇

 ずいぶんな変わり者だったな、とヒトカゲは自分に背を向けて歩き去っていくミライと名乗った少女を見て思った。
 まさか異世界からきた人間だったとはまったく予想できなかったと異色のヒトカゲは自分の住処へ戻る道中、思った。それと同時に聞いたことがなかったポケモンと会話できる人間。そして何よりあの人間の口から語られた異世界の知識に驚愕したのは驚くまでもない。

(ハッ――。ゲームの中の世界か……)

 突然異世界にトリップして混乱していたのだろう。泣いた後に、自分に多くを語ったことを後悔しているような表情をしていた。あの様子だとこの世界の住人に話す内容ではなかったと自分でも分かっていたのだろう。
 異世界から来ただけでなく、ポケモンと会話が出来る少女。あの少女は何の屈託もなく笑って言った。ありがとうと。

『……ここじゃあ、中々聞かねえ言葉だな』

 言われて悪い気はしない、と思いながらもやはりあの少女は変わり者だと思った。
 そして恐らくは二度と会うことはないだろう。それに対しどこか心の中で寂しさを感じながらヒトカゲは眠りについた。

 しかしその後、変わり者の少女ミライとはすぐに再開することになる。

◇ ◇ ◇

 爆音が静かな森に鳴り響く。ポケモン達は爆音が鳴り響く場所から遠ざかろうと走って行く。
 しかし一匹のヒトカゲだけは違った。爆音の元から離れ、しかし他のポケモン達に危害が及ばない様にポケモン達の逃げる方向とは逆に進む。
 爆音の正体はそんなヒトカゲの行動が分かっているかのようにじわりとヒトカゲを追い詰める。

「ハッ! この俺から逃げるなんて無理だ。諦めな色違い」

 下卑た笑い声に含ませたわずかな狂気。ヒトカゲは聞こえたそれに思わず顔を歪めた。嫌悪せずにはいられない、嫌いな人種。ポケモンをまるで物のように扱う人種。
 先程の変わり者とは大違いだと、逃げる最中ヒトカゲは思った。あの変わり者はポケモンもまた一つの命として対等に接するのだから。

 そうして逃げている内にまた一つ、一つと森に仕掛けられた爆弾が大きな音をあげ爆発する。
 殺傷能力が低いと思われるそれは、決してヒトカゲを傷つけるものではない。が、それはヒトカゲを追い詰めるものではあった。
 爆発から、そして男から逃げてはいるが、それと同時に誘導されていることに気づいていたヒトカゲは苛立ちに満ちていた。
(絶対に捕まらねえッ!)
 こんなくだらない人間に捕まるぐらいなら人生を捨てた方がマシだと考えるヒトカゲは、男の手に捕まらない術を必死に探しながら地面を駆ける。
 ヒトカゲは理解していた。自分自身の価値を。同じ種族のヒトカゲ達とは違う体の色。赤い色ではない、透き通った蒼い炎。それらが一部の人間達の間でどれほどの価値があるのかを、ヒトカゲは理解していた。
 だからヒトカゲは群れから離れた。群れの仲間に危険が及ばないよう、まだタマゴから孵って間もない頃。自分の価値をすぐに理解した彼は群れの仲間に何も告げずに群れを離れ、この森でずっと暮らしている。
 そしてまた、この森を離れる時なのだとヒトカゲは理解した。このままこの森に居続ければまたこの森は悪意ある人の手により荒らされ、この森に住むポケモン達は傷つくのだから。

 人間の男に誘導された少し開けた場所への入り口。男が狂った笑い声を響かせている場所に着いた時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
 その声は先程まで自分が聞いていた変わり者の声で、不安と焦りと何かを危惧するかのようなその声色は、確かに自分を呼んだ。

「――――ヒトカゲ君!!」

 ハッと声の方を見ると、やはりあの変わり者の少女がいた。
 何をしに来た。そう思い少女を見るとその目に引き込まれる。
 少女はヒトカゲを見ていた。真っ直ぐな目で。微塵の悪意も感じさせない真っ直ぐな目。そこにあるのはただヒトカゲの安否を心配する瞳。

 その瞳を見た瞬間ヒトカゲの体は固まる。何故自分にそんな目を向けるのかが理解できなかったのだと同時に、その瞳の綺麗さに魅入られた。悪意を感じさせぬその瞳に。

 そしていつの間にか抱きしめられ、少女はヒトカゲの抵抗も気にならないようで狂った笑い声のする方を睨みつけていた。
 そんな少女の横顔をみたヒトカゲは、心のどこかでこいつだ。そう思った。
 仮に自分が誰かトレーナーの手持ちに加わることがあれば、それはこいつしかいない、と。


 ロケット団の男を倒し、この変わり者の少女に共に来るかと問われた時、ヒトカゲは一も二もなく頷いた。

 どうせこの森にはこれ以上いられない。この森に住むポケモン達に迷惑がかかる。
 なら、この変わり者について行きたい。そう思った。

 ポケモンを道具とせず、一つの命として対等に向き合い、そしてポケモンの言葉がわかる少女。
 その少女がこれからどんな道を歩むのかが気になった。あの真っ直ぐな瞳がこれからどのように輝き、時には曇り、そしてまた更に輝きを帯びるのかが。

(見届けてやる、この変わり者の行く末を――)

 ジュンサーの白バイの後ろに乗り、悲鳴を上げる己の相棒となった変わり者の少女。
 その少女の相棒となった自分も、十分変わり者だとヒトカゲは自嘲した。

 しかしそれもまた、悪くない物だと思い微笑する。


 変わり者。
 それはポケモンの言葉が分かる異端の少女と、他とは異なる色を持つ異色のヒトカゲのこと。




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