06.


「だって彼女、このマサラタウンに初めて来た異世界からの訪問者だもの」


 どくん。心臓が音を立てて飛び跳ねたような感じがした。
 そんなまさか。信じられない。だって、だって、そんなこと一度も聞いたことなかった。
 ジュンサーさんの言葉に目を見開いたまま固まり、動かない私をジュンサーさんとヒトカゲ君が心配そうに覗き込んでいる。
 けれど思考がなかなか纏まらない。それくらい驚きだったのだ。……写真の女性"イトウ・アヤカ""ユウキ・アヤカ"がこの世界にトリップしてきた人間だということに。
 何故私がそのことに驚くのか。答えは簡単だ。

 "ユウキ・アヤカ" 旧姓 "イトウ・アヤカ"。

 彼女は、私の母親だ。


◇ ◇ ◇


 パチン。小気味のいい音が部屋に響いた。
 かと思えば私の目の前には尻尾の緋色の炎を私の目の前でゆらゆらと妖しく揺らしつつ、ヒトカゲの癖に妙に艶のある笑みを見せるヒトカゲ君がいた。

「……あ……あれ?」
『いつまでボケッとしてるつもりだ? あ?』
「あ、あれ……え、えええ?」

 どれくらいぼうっとしていたのだろう。目の前のヒトカゲ君は笑みを見せながらも不機嫌な様子を隠さずに私にドスの効いた声で話しかける。
 机を挟んだ向かいにいるジュンサーさんもヒトカゲ君の言葉がわからなくても何となく、彼の言いたいことが分かっているのだろう。苦笑し、大丈夫? と優しく声をかけてくれた。

「す、すみません! 大丈夫です」

 ぺこぺことジュンサーさんに頭を下げて、私の膝の上にいつの間にか乗っていたヒトカゲ君を退ける。だって結構重い。
 気を取り直してジュンサーさんに言った。私は"ユウキ・アヤカ"の娘です、と。
 なんとなくそんな気がしていたのだろう。「やっぱりね」彼女はそう言って笑った。

「あの、どうして私が"ユウキ・アヤカ"の娘だって分かったんですか?」
「だって私、アヤカちゃんと仲良かったんだもの!」
「……えええええ!?」
「いい驚きっぷりねぇ。そういう所アヤカちゃんに良く似てるわ。髪の色と目の色は父親似のようだけど……」

 ほのぼのとしながら昔を思い出すように言うジュンサーは父親、そう言ったところで一瞬酷く懐かしそうに、それでいて悲しそうにミライを見た。けれどそれはほんの一瞬でミライはそれに気づかず仲良し発言に吃驚仰天している。ああ、世界って意外と狭い。

「じゃあ私はアヤカちゃんに連絡してくるわね! それまでいい子で待っててちょうだい」

 いい子って……。私は小さな子供ではありませんよ。
 そんな私の心の声が聞こえたのか、パチンと綺麗にウインクをしながら部屋から出て行った。私が仲の良かった友人の娘だからだろうか。
 何はともあれ良かった。ふっと肩の力が自然と抜けてきて、脱力した。沸々と感情が湧きあがる。それは紛れもなく喜びの感情。世界を渡らなくとも、再び家族と会えるのだ。
 もちろん、色々な疑問はある。元の世界にいるはずのお母さんと、ジュンサーさんがどうやって連絡を取り合うのか。お母さんはどうやってこの世界にトリップして、どうやって元の世界に帰ったのか。私はお母さんがトリップしたことなんて知らなかったけれど、お兄ちゃんはこのことを知っているのか、とか。
 知りたいことなんてたくさんある。けれど今はそれ以上に、お母さんの、お兄ちゃんの……家族の顔が見たかった。

 ほう、と息を吐いてぎゅっとヒトカゲ君を抱きしめる。彼は抵抗もなく私の腕の中に収まってくれた。

「ヒトカゲ君」
『……どうした?』

 少し照れくさいのだろうか。もぞもぞと体を動かしつつ窺うように私を見た。

「ヒトカゲ君の名前も決めなきゃねー」

 ぼんやりと部屋の天井を見ながらそう言った。ヒトカゲ君は名前という言葉にピクリンと反応した。実はね、本当はもう決めてあるんだよ。心の中でそう呟いてニヤリと笑った。あ、天井が若干黄ばんでる。誰か煙草でも吸ってるのかな。

『何ニヤけてやがる』
「えへへ。だってね、名前を言った時のヒトカゲ君の反応楽しみだなって」
『……もう、決めてるのか?』

 ああ、ばれちゃった。へにゃりと笑ってそうだよ。そう言うと心なしか嬉しそうな表情をした。口が悪くて態度も悪いヒトカゲ君だけれど、こう言う所は可愛くってとても好きだな、と思う。
 ヒトカゲ君の蒼い目を見つめて、微笑する。

「あのね、ヒトカゲ君の炎の色から名前を決めたの」

 炎の色。その言葉に腕の中の温もりはわずかに震えた。
 気にしているんだろう。当然だ。何せ彼は自らの持つ普通とは異なる色のせいでその身を追われてきたのだから。そんな、彼の気にする色から名前をつける私は悪い人間だな。そう思って思わず口元が緩んだ。

「ヒトカゲ君の、あの蒼い炎を見た時……凄く、凄く綺麗だと思ったんだ」

 薄く蒼い炎がロケット団の男に向けて吐き出された時。私は炎に魅入った。
 蒼い炎がわずかに透けていて、煌めいているように見えた。森に差し込むわずかな陽の光が優しくその美しい蒼を照らし、一層その美しさをひきたてているように見えた。

 ぶるり、より一層腕の中の温もりは震えてしまった。彼が何を思って震えたのか分からないけれど、嫌がられているような気はしなくて、言葉を紡ぎ続ける。

「だから、あの蒼い炎の色と……君の尻尾の綺麗な緋色の炎から取って君の名は 蒼緋 」
『――そうひ……か』
「うん。蒼緋。色から取って、まんまだけど。でも私は、君のこの色が大好きだから……。受け取って貰える?」

 大好きという言葉は自然と出た。受け取ってもらえるか不安だったけれど、『悪くねえ。……受け取ってやる』そう言った声が少し震えていて私は思わず笑ってしまった。

「そっか。よかったあ!」

 嬉しさのままぎゅうとヒトカゲ君――蒼緋を抱きしめた。
 そのままほのぼのとした空気の中でお互いに何も言わずに座り続ける事数分。ジュンサーさんの少し焦ったような声と、タイヤが擦れるような大きな音が聞こえて慌てて蒼緋と一緒に部屋を出た。
 何事? そう思って警察署を出るとそこには颯爽とバイクを飛び降りている黒髪が綺麗な美人な女性と「速過ぎるわよ!」と慌てているジュンサーさん。
 それを見た瞬間思わず頭が痛くなる。バイクを飛び降りる女性に見覚えがありすぎるからだ。

「久しぶりねーエミリ! 相変わらず、皆の憧れ! 美人婦警エミリちゃんしてるのねー!!」
「もうっ! 久しぶりに会った瞬間言う言葉がそれなのアヤカちゃん!」

 ハイテンションな母ですみません。思わず心の中でそう謝ってしまった。
 そんな私に気づいたのだろう。先ほどとは打って変わって目に涙を溜めている母を見て私は思わず固まってしまった。

「ミライ! ――ああっ、ほんっとうにあんのピンク頭今度会ったら悪の波動喰らわせてやるんだから!」
「――え、ええっとあの、お母さん?」

 ギュウギュウと私を締め付けるように抱きしめながら物騒なことを言うお母さん。心底心配してくれたのだろう。心配になったら所構わず強く抱きしめる。そんな昔からの癖が炸裂していて苦しいけれど、凄く嬉しくなって視界が滲んできた。

「――っ、おかあさっ!」
「……ごめんなさいね、本当に。いきなり知らない場所に飛ばされて、不安だったでしょう」

 優しい言葉に涙が溢れ出る。会えてよかった。二度と会えないかと思った。優しく私を抱きしめて、頭を撫でてくれる温もりにボロボロと子供のように泣いてしまった。


「あらあら。アヤカちゃんも、しっかり母親してるのねぇ」

 微笑ましげなジュンサーさんと、どことなく生温かい視線をくれる蒼緋に少し恥ずかしくなって、泣きやんでからも中々顔をあげられなくなったのはもう少し後の話。


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