05.
その後。ヒトカゲ君が私のパートナーになってくれたことに驚き「えええ!?」と思わず大声をあげてしまった。
『煩え』
「ぎゃふっ」
ばふん、と彼の立派な尻尾で私は頭をはたかれてしまった。痛い。
『この俺がお前のパートナーじゃ嫌か?』
「いいえいいえ。滅相もございません!」
鋭い視線を向けられ思わず、頭を下げて謝った。日本人にはなじみ深い土下座で。
そうこうしている間にジュンサーさんはこっちに戻ってきて、ヒトカゲ君に土下座をしている私を見て困惑していた。それに気づいたヒトカゲ君が私を小突いてようやく私は土下座をやめた。ううう、変な子丸出しで恥ずかしいな。
「ええっと……。と、とりあえず一緒に来てくれる? あなたからも詳しい話を聞きたいのよ」
「はい! 分かりました」
「ありがとう。それから……そのヒトカゲはあなたのポケモン?」
物珍しげにジュンサーさんがヒトカゲ君を見た。まあそうだろう。ヒトカゲ君は綺麗な黄金色をした色違いのポケモンなのだから。
「ええと。たぶんそう、です?」
「……もしかして、今さっきゲットした、とか?」
「え、と。ゲットはしてないんです。私、モンスターボールを持ってないので」
私の返事にそう。と呟いたかと思いきや、ジュンサーさんがモンスターボールを私に差し出した。もしかして……くれる、とか?
そんな私の疑問が分かったのだろうか。ジュンサーさんはクスリと笑ってあげるわ。と綺麗な微笑みをくださった。私はつられて笑みを浮かべて、ありがとうございます。そう言ってありがたくモンスターボールを受け取った。
「……ヒトカゲ君。本当に、いいんだよね?」
その問いにヒトカゲ君はこくりと頷いた。当たり前だとでも言いたげに。
今更だけれど、どうして彼が私の手持ちに加わってくれる気になったのか……。凄く気になったけれど、隣から漂う早くして欲しいな、という無言の訴えに急かされてヒトカゲ君の額にモンスターボールを優しく押した。
不思議な赤い光に包まれてヒトカゲ君がボールの中に入っていく。合意の上でのゲットだからか、抵抗は一切なかった。が、何故かヒトカゲ君はすぐにボールの中から出てきた。何故。
「そのヒトカゲはボールの中があまり好きじゃないのね」
(――……そうなのか)
ジュンサーさんの言葉に納得して頷いていると、突然腕をぐいっと上に引っ張られた。引っ張ったのはとてもいい笑顔なジュンサーさん。
何となく嫌な予感がして、ぶるりと背筋が震えた。
「さあ! ヒトカゲに名前をつけたり色々したいでしょうけど、後にしてこれに乗ってちょうだい!」
ぐいぐいと私を引っ張って私を白バイに無理やり乗せた。ヒトカゲ君は私の腕の中。ロケット団の男は私の足もとで気絶していて手錠をかけられている。
「行くわよ! しっかり掴まってて」
「え――うぎゃああああああああ!!!」
言うが早いかジュンサーさんは白バイのエンジンをかけて発車。素晴らしいスピードを出して私達は森の中を駆け抜けて行った。
ああもう。道中で名前考えたりしたかったのに! ジュンサーさんの馬鹿ああああ!!
◇ ◇ ◇
「……おうえっ」
『汚ねえなおい』
「あらあら。ごめんなさいね、飛ばし過ぎちゃったみたい!」
色々と騒動があった森から白バイを思いっきり飛ばすこと5分。
着いた場所では地面に両膝と片手をついて、もう片方の手で口元を押さえる私とそんな私を呆れたように見る色違いのヒトカゲ。そして妙にいい笑顔なジュンサーさんという奇妙な光景があった。
ていうか汚ねえなとかいうけど、私吐いてないからね。それにジュンサーさん、あなた悪気なんてまったくありませんよね!?
そう思いつつ、よっこいせ。と荒い白バイの運転に酔った私は地面に座り込む。ちなみに、今いる場所はマサラタウンの警察署らしい。
「ほんとうにごめんなさいね、ミライちゃん。さ、そんな所に座り込んでないで中に入ってちょうだい」
「……はーい」
美人さんに困った顔でそう言われてしまってはしょうがない。こみ上げる吐き気を押さえつつゆっくりとした動作で立ちあがる。ヒトカゲ君はそんな私よりも早くスタスタと歩き、署の中に入っていく。
署の中の一室。そこに案内されて私とヒトカゲ君は中に入る。その部屋はテレビで観るような取り調べ室のような場所じゃなくって……どちらかというと、応接室のような感じだ。
「さっ! じゃあ何があったか……色々と、聞かせて貰いましょうか?」
部屋の椅子に座るジュンサーさんは警察官の顔をしていて、少し怖かった。
◇ ◇ ◇
微妙な空気漂うマサラ警察署の応接室。
私とヒトカゲ君、そして品のいいテーブルを挟んだ向かいに座っているジュンサーさんは少し難しい顔をしていた。
それもそのはず……――。
「……そう。異世界、ね」
言ってしまったのだ。
何故あの森に居たのかを説明して欲しいと言われた際、さすが警察官というべきか。口ごもる私に鋭い視線が突き刺さり……言ってしまったのだ。
あまりにもぶっ飛んだ話にジュンサーさんも目を丸くしていたが、私の様子を見て事実だと思ったのだろうか。こうして難しい顔をしているのだ。
「……そうなると、ミライちゃんには身元を引き受ける人間がこの世界にいないということかしら」
「そ、うかも……しれません。――あの、世界を渡る方法なんて……知りませんよね」
「――ごめんなさい。さすがに分からないわ。…………あのね、ミライちゃん。"イトウ・アヤカ"もしくは"ユウキ・アヤカ"という女性を知らないかしら?」
その二つの名に、私の心臓はドクンと大きく高鳴った。
ヒュッと息をのみ、どうして……。そう小さく震える声で呟いた私を心配してくれたのだろうか。ヒトカゲ君が私の膝の上に手を置いてくれた。暖かい。
「知って、いるのね?」
「は……い。知って、ます。――あの、ジュンサーさんはどうして……その……」
その名前を知っているのか、問いかけたんですか。
その疑問は声にならなかった。けれど彼女は私が何を言いたかったのか分かってくれたのだろう。
「彼女、この世界ではとても有名なのよ。特にこの、マサラタウンではね」
綺麗にウインクしながら言うと、彼女は立ちあがって部屋にある戸棚から2枚の写真を取り出して私に渡した。写真には、"イトウ・アヤカ"の時であろう若い女性が写っているのが1枚、もう1枚は"ユウキ・アヤカ"の時であろう女性が写っていた。
そして私は、ジュンサーさんの言葉にこれ以上なく驚くことになるのである。
「だって彼女、このマサラタウンに初めて来た異世界からの訪問者だもの」