04.


 男は迷う様子もなく腰に手をかけた。そしてそこにある物を掴み、勢い良く私達の方に投げつける。
 男が投げつけたそれは、地面に叩きつけられた。あまりに乱暴なモンスターボールの扱い方に中に入っているであろうポケモンが心配になった。
 しかしその心配は杞憂に終わり、モンスターボールからポケモンが出てくる。叩きつけられた衝撃はあまり感じていないのだろう。蛇に似た鳴き声で私達を威嚇する。

「アーボ! ヒトカゲを傷めつけてやれ」

 男の言葉に従順に従うアーボはしゅるりと地面を這う。音もなく、静かに……。
 私とヒトカゲ君は這い寄るアーボと距離をとる。私はポケモン相手に戦うことは出来ないから、出来ることと言えばヒトカゲ君をサポートするしかない。

「ヒトカゲ君。悪いけど……」
『指示しろ』

 君をサポートするために指示してもいいかな? そう訊こうとしていたのを遮るように彼は私に命令する。
 ぽかんとする私を見向きもせず、森の茂みに隠れてしまったアーボを探すように忙しなく視線を動かす。
 ああ、そうだ。しっかりしなければ。今はぼんやりしてる場合じゃないんだぞ。バチンと頬を両手で挟むように叩き、気を引き締めた。
 そろりと後ろに下がる。ポケモン同士の戦いに巻き込まれるわけにはいかないし、ヒトカゲ君の邪魔になる訳にはいかない。アーボが後ろにいないことを確認しつつヒトカゲ君とも十分に距離を取った。
 瞬間、光る物が見えた。
 それが何なのかを判断するよりも先に、私の口が動く。

「左から毒針が来るよ。避けて切り裂いて!」

 すらりと口から出た言葉に自分自身が驚いた。
 ヒトカゲ君は私の指示に従い、飛んでくるどくばりを避けつつアーボの方に突っ込んでいく。
 まさか突っ込まれるとは思わなかったのだろう。一瞬の隙が出来たアーボに、ヒトカゲ君の鋭い爪が容赦なく振り下ろされる。
 それを見て今更だがヒトカゲ君が技を覚えていてくれたことに安慮した。
 正直言うとヒトカゲ君がどんな技を覚えているかが分からないのだ。この世界がゲームと何もかもが同じとは思っていない。だからこそ彼が何を覚えているのか分からないということもある。

『っおい。ボヤっとしてんじゃねえぞ!』
「へ? ――わっ、と……」

 振り降ろされた腕を避けつつ、状況を整理する。
 腕を振り降ろし殴ろうとしたのはロケット団の男。どうやら考え事中で無防備だった私をどうにかしようとしたらしい。
 ちらりとヒトカゲ君を見ると彼はアーボに向かってかなりの至近距離で火炎放射を浴びせていた。……あの炎の大きさは、火の粉ではない。絶対。
 火炎放射を浴びせられたアーボは……ゲームで言えば瀕死、というのだろうか。くたりと倒れこんでいる。
 私は今一番安全だと思われるヒトカゲ君の近くに走る。後ろから男の唸り声と怒声が聞こえるが、彼は先程のヒトカゲ君からの火炎放射でどこか怪我をしたらしい。動きが鈍い。

『馬鹿野郎。今はバトル中だぞ。ぼんやりしてる場合じゃねえだろ』
「ご、ごめん! バトルとか、何もかも初めてで……その」

 鋭い瞳に睨まれて声が出ない。ごめんなさい。私が悪いのは分かってるんだよ。だからそんなに睨まないでおくれ。
 あはは、と笑ってみせるとヒトカゲ君は大きくため息をついた。うん、だからごめんね。
 バトル中、それも若干命の危機だったのにも関わらず緊張感のない私達はちらりとロケット団の男を見た。彼はアーボが呆気なく倒されたことに驚いているらしい。呆然としているのが離れた場所にいる私達にも十分に分かった。
 そして私は倒れているアーボを見る。傷つき、地面に横たわるその姿が酷く痛々しい。その傷が私達がつけた物だと思うと罪悪感に苛まれた。仕方ないこととは、分かっている。

『――甘いな』

 低い声で落された言葉が私に向けての言葉だとはすぐに分かった。

『別に死ぬほどの傷じゃねえ。あいつだってしばらく経てばすぐに回復する。地面を這いずり回れるようにな』

 言われた言葉の意味は分かる。もちろん、アーボの状態が死に関わることでないことも。
 けれど、正直言うとこればかりはどうしようもないのだ。
 この世界の、ポケモンバトルの常識に慣れるまでは。

「うん。……分かってるよ」

 ぼそぼそと小さな声で呟くと、下で小さなため息をついたのが分かった。
 そしてヒトカゲ君は呆然としている男に向かって歩き出した。男はヒトカゲ君が近づいてきたのが分かるとビクリと肩を揺らした。
 ヒトカゲ君の強さがさっきのバトルでよく分かったのだろう。バトル直前までの男の姿が嘘のようだ。
 バシリと小気味のいい音が鳴ったと同時に男がどさりと地面に倒れた。
 ロケット団の男の首に、ヒトカゲ君の尻尾が綺麗に辺り気絶したのだ。

 バトルがはじまる前まで遠かったサイレンの音が、今はかなり近くに聞こえる。と、思っていると風を切りつつこちらに向かって走りぬけてくる一台のバイク。

「マサラ警察です! あなた、大丈夫!?」

 バイクから軽快に降りてニッコリ笑顔で私に話しかけてくる……ジュンサーさん。アニメでタケシが目をハートにしているのが良く分かる、美人だ。

「は、はい大丈夫です! ええっと、ロケット団の人が……」
「ええ、分かってるわ! 怪我とかはしてないのね?」
「はい。大丈夫です」
「そう。なら良かったわ。来るのが遅くなってしまってごめんなさいね……。あなたにも一緒に警察に来てほしいのだけど。いいかしら?」

 そう問われて思わずヒトカゲ君を見る。すると彼も私を見ていた。
 私とヒトカゲ君との微妙な空気にジュンサーさんが気を聞かせてくれたのか「少し待っててね」そう言って気絶している男に手錠を掛けに行った。
 ……いつの間にか、ヒトカゲ君が私の前に来ていた。それに気づいて彼と目線を合わせるために屈みこんだ。

「……ヒトカゲ君」

 彼はジトりと私を見ている。その目に、初めのころにあった警戒の色がなくて安心した。
 それと同時に沸き上がってきたのが、このまま彼と別れてしまうのは嫌だということ。ヒトカゲ君はあまり人間――というより、自分以外を信用していない、と思う。そんな彼にバトル中にボサッとする私を信用してもらっているとは考えづらいけれど、思わずぽろりと願望を口に出してしまっていた。

「ね。一緒に来ない?」

 私の言葉に、彼は何も言わずにただ頷いた。

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