03.


 下卑た笑い声を響かせ、ニヤニヤと笑う男に嫌悪感を感じずにはいられない。
 お世辞にもセンスがいいとは言えない、Rのロゴが入った黒い服。悪役です。といった雰囲気を前面に出しているその姿に普段なら笑うことも出来たかもしれない。
 ただ今は、欲望に満ちた目からヒトカゲを隠しつつ何とかこの状況から打破することしか頭になかった。

『おい』

 不機嫌さを隠そうともしない声が聞こえた。返事をしたかったけれど、出来ない。
 今目の前にいるのはロケット団の団員だ。はじめにヒトカゲ君と会った時の彼の反応から分かる。ポケモンと会話できるこの能力は普通じゃないということが。
 なら隠さなければ。ロケット団の団員に、普通じゃない能力を持った人間の存在を知られてもいい方に転ぶとは思えない。
 返事を出来ないもどかしさを覚えつつ、ジリジリと後ろに後ずさる。
 ロケット団の男は、そんな私の行動一つを馬鹿にしたように鼻で笑った。

「ははは! さっさと金のヒトカゲを渡せばお嬢ちゃんは森の外に逃がしてあげるぜ!」

 やめろと大声で言いたかった。男の言った言葉は普通の、怯えた少女なら藁にも縋る思いで真に受け、喜んでヒトカゲ君を差し出したかもしれない。
 けれどポケモンを愛してやまない私は違う。"逃がしてあげる"なんて嘘だ。ロケット団の人間が、顔を見られているにもかかわらず逃がすなんて失態を犯すものか。
 ぐるぐると様々な感情が心の中で廻る。恐怖。不安。焦燥感。混乱して逃げださない自分を褒めたいくらいに様々な感情が浮かび、巡り、そして爆ぜた。
 後ろ手に掴んでいるヒトカゲ君の温かい体温が私を落ち着かせる。

「さーて。ほら、さっさとヒトカゲを渡しな。そうすりゃさっさと引き上げるさ。――捕まりたくないからな」

 そういい、男は森の外と思われる方向へと顔を向けた。……その方向が、私が来た方向から真逆なんて今は気にしない。うん。気にしたら負けだ。
 森の外からはサイレンが響いていた。聞き覚えがある音。元の世界でも時々聞くことがあったパトカーのサイレンの音。
 けれど本来ならばはるかにけたたましく響くサイレンの音は、森の木々に阻まれ本来の音量の10分の1程しか聞こえない。

「……どうして、この子を狙うんですか?」

 口から出た声は自分でも思っていた以上に弱弱しかった。震える声は、相手に聞こえただろうか。「色だよ。色」男はニヤリと笑う。

「前にここに入った仲間がさ、そのヒトカゲを偶々見つけたみたいでよ。色違いだぜ?しかも、お嬢ちゃん知ってるか?そのヒトカゲ……炎の色まで違うんだぜ」

 その言葉に、手の中の温もりが震えた。
 次の瞬間温もりは消え、いつの間にか小さな金が私の前に立っていた。

――その口から、薄く蒼い美しい炎を吐き出しながら。
 蒼き炎は踊るように宙を彷徨い男を包む。美しいその炎はわずかに透け、輝いているように見えた。

 轟々と燃えるその蒼い炎は男を容赦なく攻撃する。
 蒼い炎を見て一番最初にチラついたのは、蒼い炎の方が赤い炎よりも温度が高いんだよなぁ。というくだらないこと。我ながら緊張感がない。
 蒼い炎を見て、強いて言うならば美しいと思う。ロケット団の男のようにヒトカゲ君を売れば高くつきそうだとか、そんな下卑た感情は一切抱かなかった。

『おい。人間の女』
「!」
『邪魔だ。さっさと逃げるなりなんなり、好きにしろ』

 燃え続ける蒼い炎から目を離し、私を見据える空色を見た。
 視線が交わったのは一瞬。彼は言いたいことを言い終えるとすぐに前を向き直った。
 言われた言葉にすぐさま反論する。嫌だと。

「君を置いて逃げろって? 無理。お願いだからそんなこと言わないでよ」
『は。馬鹿じゃねえのか。お前が居て何が出来る?足手まといはいらねえな。消えろ』

 言い捨てた言葉の数々は、冷たい物だ。けれどそこにある感情は明らかに私を気遣ったもの。
 正直言うと確かに、ヒトカゲ君の言うことに一理ある。私に戦う力はない上にこの森の地理なんて、森から出ようとして出口の真逆に進むくらい分からない。
 けれど。この世界に来て右も左も分からない私に親切に接してくれた彼をこのまま放置して自分だけ逃げる。そんなことをする程、私は落ちぶれた人間になりたくない。

 もし誰かが私を偽善者だと罵ったとしても、私はそうだと肯定するだろう。事実、私はヒトカゲ君を置いて逃げるつもりはない。それは何故か。
 答えは簡単。後々逃げた時に傷つき、後悔するのは……他の誰でもない、私だと分かっているからだ。

「ごめんね。ヒトカゲ君。悪いんだけど私逃げれない。ていうか、逃げたとしても森の外に出れないし。知ってる?私森から出ようとしてたんだけど……何でかなぁ。出口の真逆に進んでたみたいなんだよね。だからさ、ヒトカゲ君って言う案内役がどうしても欲しいの」

 森から一人じゃ出れないのも事実。案内役が欲しいのも事実。そして……たとえ一人で逃げても、逃げ切れる可能性が限りなく低いというのもまた逃げれない理由の一つ。
 どうせなら、二人で力を合わせた方が逃げれる可能性が高いだろう。それに、外には警察が来ている。少し時間を稼げば警察が来てくれるかもしれない。
 それら全ての理由を口早に言いきった。ヒトカゲ君がわずかに呆れているのは気のせいだ。そう、きっと気のせい。

「……だからさ、一緒に頑張って逃げよう」
『――――……お前、変わってるな』

 "変わってるな"その言葉に含まれた意味が一つではないことなどすぐに分かった。
 ヒトカゲ君の目には相変わらず警戒と疑心が残る。けれど、私に向けられるそれが格段に減ったことは目に見えてわかった。

「うん。時々言われるかな。ま……よろしくね」
『ふん……言っておくが俺は、完全にお前を信頼した訳じゃねえ』
「うん。それでも……」
『だが。――さっき、俺を見た、お前の"目"を俺は信じてやる』
「!」

 彼の言う私の目はどんな目をしていたのだろうか。
 気になる。とにかく気になるけれど、今はただ男の手から逃れる術を考えなければ。

 炎に包まれ、叫び、うめき声をあげていた男がゆらりと揺れた。
 男の近くではいまだに炎が燻っている。男はわずかに焦げた服を見、不機嫌さを隠そうともしない。

「ポケモン風情が舐めた真似しやがって。――二度と、青空を拝めねえようにしてやる」


 怒りと欲望に満ちた目が、私達を睨みつけた。

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