Introduction. はじまりは小さな願望


 はじめて私が"それ"を手に取ったのは5歳の時だった。
 その当時、兄が遊んでいた"ゲーム機"に興味をそそられて、兄の手元を覗き込んだのが始まりだった。
 今も昔も私をベタベタに可愛がる兄は、自分の手元を覗き込む私を膝に乗せて持っていたゲーム機を優しく握らせた。
 ゲーム機の液晶画面に映る小さな小さなキャラクター達。プレイヤーの操作によって動くキャラクターに私は心を躍らせた。

「お兄ちゃん、これなぁに?」
「これはな、ポケットモンスターっていうゲーム」
「ぽけっと、もん?」
「ポケットモンスター。略してポケモン」
「ぽけもん?」
「そう、ポケモン」

 ぽけもん、と小さく復唱する私の頭を優しく撫でる兄は、酷く懐かしそうに画面を見つめていた。


◇ ◇ ◇


 夢を見た。あれはまだ私が5歳の時のこと。初めてポケモンという架空の生物を知った時の夢。
 あの時から10年が経ち、私は15歳になっている。中学を卒業し、今は高校生。布団から出て部屋を見れば、真新しい制服が今日も私に着られるのを待っていた。
 その制服を手にとり、学校へ行く為に着替える。着替えている最中に思うことは夢のこと。
 あの時から今も、私は15歳になった今もポケモンという存在に惹かれている。出来ることなら液晶の画面を越えて、あちらの世界に渡ってしまいたい程に。
(もちろん、そんなことが出来ないことくらい……分かってるけど)
――別に現実が嫌なわけじゃない。けれど何故か、どうしようもなくあちらに行きたいと思う。
 もしも、と想像するだけで胸が高鳴った。ゲームに登場する主人公のように、たくさんの仲間たちと各地を自分の足で旅をする。その旅の中で芽生える仲間たちとの友情。ジムリーダー達とのバトル、そして最後は――――。

「……やめよう。想像したらキリがない」

 これまでに何度も想像したありえない自分の未来。それは惹かれ続ける世界に私がいて、その私の周りには大切な仲間たちがいる。そんな未来だ。
 世界を越えるなんてありえない。けれど惹かれずにはいられない。そんな自分自身を叱咤するように頬を叩き、母が作ってあるだろう美味しい朝食頂くため、ゆっくりと部屋を出た。

「ひッ!?」

 突然のことに短い悲鳴が漏れた。自室を出ればそこには廊下――があるはずだった。
 しかし私の足は冷たい木の板を踏むことはなく、すとん。と私の体は暗い闇の中に放り出された。突然のことに思考が追いつかない。上を見上げればそこにはいつもの天井。けれど私を包むのは暗い闇ばかり。必死に手を伸ばすけれど、その手が何かを掴むことはなかった。
 どうして落ちているの! 一瞬そう思ったけれど穿いているスカートがはためかない。そして髪が立つこともなければ浮遊感に襲われてもいなかった。つまり、私は落ちていない。
 落ちていない、とすると何故私は廊下を踏みしめていないのだろう。ああ、いつもなら今頃はお母さんが作った朝ごはんを食べていただろうに。
 そう思うと何とも緊張感のない音が鳴った。体はとても正直だ。けれどこの状況に対する恐怖心は決して消えはしなかった。
 突然闇の中に放り出されてどれくらい経ったのだろう。きっとまだ一分も経っていないのかもしれない、けれど私にとってこの恐怖しかない時間はとても長く感じた。
 恐怖のせいか、徐々に薄れつつある意識。固く目を閉じて必死に家族の顔を思い浮かべた。
 なんとなく、そうすればこの恐怖が和らぐかもしれないと思ったから。けれど家族の顔を思い浮かべると、今度は悲しみが湧いてきた。もしも二度と家族に会えなかったら、そう思うと目の辺りが熱くなった。
 ……もしも、このまま死ぬのなら……生まれ変わったらポケモンの世界に行きたいな――。


 わずかに見えた見なれた天井。それを私が再び目にすることは、二度とないのかもしれない。

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