13.


(……どうやら、ここで終わりのようですね)
 黒いたてがみを持つ獣――ルクシオ――はくたりとその体を草が生い茂る地面へと横たわらせた。
 その瞳には温かな陽の光が眩しいのだろうか。徐々に曇りゆく瞳を、ルクシオは僅かに細めた。獣の腹部からは血が止まることを知らないかのように流れ出ていく。

 思い返せば今より2年前こと。ルクシオは瞳を閉じ当時のことを思い出す。血の足りない頭は普段よりもはるかに鈍い動きで記憶を巡る。
 当時の自分は精神的に幼く落ち着いた性格だったとはいえ、頑固者であったとルクシオは微笑した。ここカントーよりも北にある海を渡った地、シンオウがルクシオの故郷だった。
 たくさんの弟妹達に両親、そして群れの仲間に囲まれてシンオウ中を旅したのはいい思い出であったと当時を振り返る。シンオウ各地を転々とするうちに、他の地方を見てみたいという思いに駆られた自分は無謀にも、たった一人で海を渡ったのだ。今から考えればよくそんな無茶をしたものだとルクシオは思った。

 そしてその無茶の結果が今の状態なのだと思うとなんとも言えない気持ちになった。
 シンオウを出てからの2年間。時折人に交じり各地を観光し、またルクシオに戻り地を蹴り多くを見てきた。その間にも少なからず危険なことはあったが、2年間の間にこのような怪我をすることはなかったのだ。
 恐らく、運が良かったのと同時に引き際の大切さを覚えた自分は自然と危険な場所からは遠ざかっていたのだろうと思った。

 しかしその運も今日で尽きたらしいと、温かな陽を曇った瞳で見上げたルクシオは小さく吠えた。草木のこすれ合う音、それだけで消える程小さな声だった。
 ただいつものように川で水を浴び、食事をしようと森に向かっていた。ただそれだけだったのに、運悪くロケット団に見つかってしまったらしい。この地方では見かけないポケモンだと悪人面に凶悪な笑みを浮かべていた男を思い出した。
 男はルクシオに向かい持っていた猟銃を取り出し容赦なく発砲した。足元を目掛けて撃っていた為に動きを封じる為だけの物だと分かると同時にルクシオは地面を強く蹴り男から遠ざかっていく。しかし男は決して諦めなかった。腰のモンスターボールから出てきたピジョットに乗りルクシオを追いかけたのだ。
 ルクシオとピジョット。その早さはピジョットが勝り、男の銃口はルクシオを捉え、引き金を引く。そしてその銃弾はルクシオの腹部に当たった。わずかに避けたがダメージは大きく、ルクシオは今ある力全てを振り絞り眼前に広がる森の中へと駆けこんだ。

 そこまでを振り返りふっと息を吐いてルクシオは諦めたように体の力を抜いた。自分は助からない、そう悟ったのだろうか。
 しかしその直後、故郷の家族の顔を思い出した。群れを出る前、唯一無二だと思えるトレーナーに出会い必ず会いに行く。そう交わした約束を。まだ幼かった弟妹達と交わした約束を果たせないまま、ここで死んでしまうなど言語道断だ、とルクシオはそれまでの考えを払拭した。
 まだ共にいたいと思えるトレーナーに出逢えてさえいないのに、ここで死にたくない。

――生きたい!

 そう強く思った時、何故か森がざわめいた。
 風が吹き、木々が揺れる。鳥ポケモン達は一斉に飛び立っていく。
 しかしそれはルクシオにとってはどうでもよかった。ただ、生きたい。だから、だから。

『助けて、ください! 誰かッ!』

 弱った体で絞り出した声はあまりにも小さかった。
 そしてその声は風に乗り、森の中に溶けていった。

◇ ◇ ◇


『待てミライ!』

 私を止めようとする蒼緋にごめん!と叫んで走る走る走る。馬鹿野郎と叫び慌てて私に着いてくる蒼緋に野郎じゃないし!と言い返した。いつのまにかあの頭痛はなくなっていて、あの弱く小さな声も聞こえなくなっていた。

『馬鹿お前、どこに行こうとしてんだよ!』
「分かんない!」
『はあ!?』
「分かんない! けど、何となく分かるの。だからっ……!」

 自分でも矛盾してると思いながらぜえぜえと肩で息をしながら話す。走りながら喋って平気な程体力ないんだよ。と心中で呟きながら必死で話す。そんな私を余裕そうに走る蒼緋が訝しそうに見つめること10秒。仕方ねえな。と男前なことを言ってくれた蒼緋に心の中で精一杯の愛を叫んだ。

『いやそこは声に出せよ声に』
「うっさい! 今、んな、よゆ……なっ」

 どうして私が心の中で愛を叫んだこと知ってるんだ、とか。心読むなよ。てか読めるの? というある意味くだらない疑問は若干酸素不足のせいか一瞬で頭の中化で消えてなくなった。
 体力なさすぎな私にパシんと頬を叩いて喝を入れる。なんとなく、あともう少しであの声の所に着く気がする。
 がくがくと震えはじめた足を叱咤して何かに導かれる様に迷いなく走り続ける。そしてここだ!そう思った時に世界がひっくり返った。

 ……そんなはずもなく。

「あいだああっ」

 ずべっと柔らかい土に足を滑らせた私は勢いよく顔面から地面にダイブした。後ろから馬鹿にした蒼緋の声が聞こえて一瞬殺意が湧いたよ。さっき心の中で叫んだ愛、取り消す。
 なんとなく顔を上げるのが恥ずかしくてずっと地面とこんにちはをしていると『ミライッ!』。緊張感を含んだその声に何事かと顔を上げると、知らないおじさんが目の前にいた。

「お嬢ちゃん。大丈夫かー?」

 その言葉を聞いた瞬間蘇る蒼緋と出逢ったあの森での出来事。私って森との運悪いのかな。思わずそう思ってしまい知らないおじさんの顔から視線を外すと目に入ったRのロゴ。
 瞬間おじさんの目を見つめて一言。

「……運悪すぎ」

 おじさんはスッとしゃがんで土まみれの私の顔を見、にこりと人の良い笑みを見せて頷いた。
 そしてその拍子に見えたおじさんの――いや、ロケット団員の後ろに広がる光景に私は凍りついた。



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