12.
「ミライ。大丈夫か?」
柄にもなく普段より少しばかり優しい蒼緋にへらりと笑って大丈夫、というと彼の眉間に皺が寄った。大丈夫じゃないだろ。低く言う蒼緋にそうかな? と私は曖昧に笑う。
「これから少しは慣れろよ。野宿しただけで睡眠不足なんて、情けねえぞ」
「う、ごめん。でも大丈夫。さっさとこの森抜けちゃおう?」
呆れた眼差しと言葉に思わず言葉を詰まらせた。
昨夜、森の中で夜を明かそうと意気込んでいた私だけれどその後すぐに自分の限界を悟った。私、森の中で野宿無理。と。心霊番組すら録に見れやしない私には難易度が高すぎた。
その結果寝不足と夜間の極度の緊張のせいで、頭が鈍い痛みを発している。ちなみに若干足取りもおぼつかない。そんな私に呆れつつも心配してくれている蒼緋に優しい所もあるじゃん。と心の中で呟いてへらっと笑う。
笑みを浮かべる私を蒼緋は軽く小突いて言う。
「いいか。俺が無理だと判断したらそこで休め」
普段から棘の多い言葉ばかり発する蒼緋が優しい言葉をかけてくれるので、素直に頷いておくことにする。ちらりと蒼緋を見ると非常に怖い顔をしていた。たぶん、小さい子が今の蒼緋を見たら泣いて逃げ出すんじゃないかと思う顔。でもその怖い顔は、確かに私を心配してくれているからと分かっているから、私は心の底からの感謝を込めて呟いた。
「ごめんね。それから、ありがとう」
まだまだ出会ったばかりで未熟なトレーナーの私を心配してくれて。
私はそれを言葉にしなかった。けれど蒼緋はそれが分かったのだろう。一瞬固まった後すぐに大きくため息をついて私の頭を大きな掌でぐしゃぐしゃと撫でた。
「悪いと思うなら無茶すんな。……行くぞ」
ふいっと私に背を向けて歩く蒼緋の耳が少し赤い。それに気づいて思わず吹き出してしまった私はその後蒼緋の視線だけで人を殺せるんじゃないか、と思うくらいの鋭い視線に晒さることになるのだ。
そしてすぐに土下座して謝る私。本当にすみません。
そんなミライと蒼緋の様子を離れた場所から見る虫ポケモン達は皆口をそろえて言うのだ。
『変な奴等』
と。
◇ ◇ ◇
「ううー! 可愛いなこいつら、ちくしょうめ」
むぎゅうと抱きしめながら言うとえへへと照れたように笑うピカチュウが食べちゃいたいくらいに可愛い。じゅるり、と思わず涎が出た私を蒼緋がおい。と咎めた。……本当に食べたりしないよ。
私と蒼緋が一夜を明かした――こういうと何かエロいな――場所から1時間程歩いたくらいの場所に、私は多くのポケモン達に囲まれて座っている。
キャタピー、ビードル、ポッポ、そしてピカチュウ。ゲームの中で中々お目にかかれない、そしてようやく会えたポケモン界のマスコット的キャラクターピカチュウ。ポケモンに囲まれるだけでも幸せなのに、愛らしいピカチュウと抱きあえた。幸せすぎて死にそうである。
デレデレと締まりない顔でピカチュウに頬づりする私に、リザード姿の蒼緋が呆れたように目を細めている。けれど至福の一時に私の頭痛なんてどこかに飛んで行っているし、蒼緋の視線すら気にならない。ピカチュウ最高である。
「ふはー。いや、大丈夫だよ蒼緋。蒼緋も十分に可愛いからね!」
「いや誰もそんなこと聞いてねえ」
ぐっと親指を立てつつニヤけた顔で言うと極めて冷静に返された。照れなくてもいいのに、と口を尖らせる私に照れてねえよ。と蒼緋は言う。
『ねえ、おねーちゃん』
「ん? どしたの?」
私の腕の中で抱かれていたピカチュウが耳をしょんぼりとさせて私を呼んだ。気づけば周りのポケモン達も険しい顔をしているし、蒼緋も辺りを警戒するように目を閉じている。
ほのぼのとした穏やかで和やかな空気が一瞬にして変わった。どこかピリピリとする空気が、痛い。
どうしてか、嫌な予感がする。どくどくという自分の鼓動が聞こえ、冷や汗が背中を伝った。
『おねーちゃん。すぐに森からにげて』
「に、げる?」
『そう。にげて。あのね、森がへんなの』
だから、にげて。
ピカチュウのその言葉に他のポケモン達も頷いた。逃げて。逃げて。と皆口々に言う。
逃げないといけない理由が分からなくて、助けを求めるように蒼緋を見るけれど彼も状況が分からないらしい。険しい顔で、思案するように首をかしげていた。
「ねえ皆。どうして逃げないといけっ――――!」
ぶわり。風が私達の元を一気に駆け抜けた。
そして私達の周りにいたポケモン達は、その風に乗るように次々と走り去っていく。それは彼らの本能なのかもしれない。風が来ると同時に走りだしたのだ。
目を見開いて驚く私と蒼緋に、もう一度ピカチュウは言う。泣きそうな目で『おねがい、にげて』そう言うとピカチュウは同族のピカチュウ達に連れて行かれた。他のポケモン達が走り去って行った方向へ。
『……何が起きてる?』
「……わ、かん、ない。でも……っ!」
突然、声がした。
『ミライ!?』頭を抱えて地面に額をつける私に蒼緋が私の名を呼ぶ。
人型になった蒼緋が私の肩を抱く。どうした、と柄にもなく焦っている声にいつもならニヤけて笑うことも出来たのかもしれない。でも鋭い痛みが私の頭を襲い、それどころじゃない。
『助けて、ください! 誰かッ!』
誰の声か分からない、切羽詰まり呻きのような、そして祈りのように紡ぐその声が、私の頭に弱く響いた。
その声が聞こえないふりができる程、私は強く、ない。