11.
「竜の怒り!」
蒼緋が放つ、彼が持つ特有の炎とは違う青い炎のような物が相手を包む。
まともに蒼緋の攻撃をくらったスピアーは地面に向かって落下し、スピアーのトレーナーである少年が地面に叩きつけられる前にモンスターボールをスピアーに向けた。
目に薄らと涙を浮かべるまだ10歳前後の少年の表情に、わずかな罪悪感がちくりと私の心を刺した。
『罪悪感なんざ、必要ねえ。ポケモンバトルの多くは互いが同意して行ってるんだ』
1番道路に出て最初のバトルを行った後に蒼緋に言われた言葉。それを思い出して思わず苦笑する。
「おつかれ、蒼緋」
『ああ。トキワまではもうすぐだろう? さっさと行くぞ』
初めて会った時とは違う姿。あの美しい黄金色より、わずかに黄色味が強い体の色になり、ヒトカゲの時に比べ体の大きさも変わった。そう、つまりは進化したのだ。ヒトカゲからリザードに。
元々あの出会った森で、そこそこ鍛えられていた蒼緋はロケット団とのバトルに加えマサラタウンの人達とのバトル。そしてここ1番道路に出てから出会った様々なトレーナー率いるポケモン達とのバトルで進化に適するレベルに到達したようだった。
「お姉ちゃん! バトルしてくれてありがとうっ」
リザードになった蒼緋を誇らしげに眺めていると、バトルをした少年が私に手を振りマサラタウンに駆けていく姿があった。私もにっこりと笑って少年に手を振り返す。
「こちらこそ! バトルしてくれてありがとう!」
手を振り返すと、少年の涙は引っ込んだようだった。子供らしい、にこりとした笑顔を浮かべて「ばいばい!」と言ってくれた。可愛いな。
『おい。へらへら笑ってないでさっさと行くぞ』
へらーっと、駆けて行った少年を見ていたらバシンと尻尾で頭を叩かれた。その反動で首からボキッという音がなった気がした。……こいつ、自分の尻尾の威力を知っているんだろうか。
思わず拳を握るけどやると必ずやり返される。……倍で。だから私は腹いせに蒼緋をモンスターボールの中に入れてやった。これくらい、いいよね。うん。
――……それに。
もうすぐトキワシティ。マサラタウンより人目が多いそこは、蒼緋にとっては苦痛かも知れないから。
そんな私の気持ちが分かったのだろうか。蒼緋は大人しくモンスターボールの中にいた。……不貞腐れてはいるけれど、ね。
◇ ◇ ◇
「それでは、しばらくお待ちくださいね!」
微笑みの天使ジョーイさん。
その笑みに思わず頬を染めてしまうのは私だけじゃないはず。
トキワシティに着いてポケモンセンターへと直行。とりあえず今日中に進める所まで進みたい。という私と蒼緋の意見が見事に合致したので回復を済ませてすぐにトキワの森に行くことにした。
今のところトキワシティには大した用事はないしね。道具もお母さんが揃えてくれていたみたいだからフレンドリィショップに行く必要もない。
近くにあるソファに座ってご自由にどうぞと書かれてある雑誌を手にとり待つこと5分。
「ミライさーん」
ジョーイさんの愛らしい声が聞こえた。素早く雑誌を元あった場所に置いてジョーイさんの元に駆けていく。女性を待たせてはいけないよね。
「はい。お待たせしました!」
そう言ってカウンターの上に置かれたのはトレー。……蒼緋とモンスターボールが置かれた。
「……っ!」
目つきが悪い点を見なければ非常に可愛い。トレーの上にちょこんと乗っているリザード。……まぁ、今の蒼緋はちょこんとなんて可愛らしい大きさじゃないけど。
これがヒトカゲの時だったらもっと可愛かっただろうかと思った瞬間、ハッと気づく。
「ちょっ、蒼緋! 出てていいの!?」
忘れてはいけない問題が一つ。彼が色違いだということ。けれど本人は気にしていないのだろう。私の言葉にこくりと頷いた後は呑気に欠伸をしている。焦る必要はなかったようだ。
蒼緋はピョンと私の足もとに降り立った。そして目と動作で早く行こうと訴える。私はそれに小さく頷いてジョーイさんにお礼を言ってポケモンセンターを出た。目指すはトキワの森。
ザワザワと揺れる木の葉。蒼緋と出会った森よりは光が差すトキワの森。昼間でも、不気味だと思えるこの森は、ゲームで見ると木がにこりと笑っているように見えて、森の雰囲気とは別の意味で不気味だと思ったことを思い出した。たぶん、ここ一人じゃ来れない。
「随分と静かだねー」
不気味な森に少々怖気づいてる私。そしてそんな私を鼻で笑う蒼緋。でも何だかんだ言って私の前を歩いてくれる辺り、優しさは忘れていないみたい。蒼緋はツンデレ予備軍だと私は時々思っている。
そしてこんな不気味な森の中でも勇気ある少年たちは足を踏み入れるらしい。
ガタガタと震えながらモンスターボールを握りしめつつ、森の中を彷徨う少年もいれば虫取り網を片手に余裕そうな笑みを浮かべつつ森を歩く少年もいる。
そんな彼らの未来は虫取りマニアだろうかと思いつつ、野宿できそうな場所を探す。
……そう、野宿。
この世界に慣れること。も私にとっては大切なこと。
だから今日は行ける所まで旅をして、野宿するという方針だったのだ。ほぼ無限に入ると思われるカバンの中には食糧も詰めてある。夜を外で越そうと思えば余裕で越せる。
そんな訳で私達は野宿出来そうな場所を探しつつ、飛び出してくる野生ポケモンを蒼緋が返り撃ちにしたり、話しかけてくる少年たちを同じように返り撃ちにしたり……。
途中お昼休憩を挟みつつ歩き続ければ、いつの間にか日が暮れて森の不気味さは一層増してくる。
「……。今日はこれくらいにしよう? ね、蒼緋」
『…………お前……』
ぎゅうと蒼緋を抱きしめてガサガサと揺れる木の葉と音を立てて吹く風に本気でビビる私。そして私を呆れたように見る蒼緋。そう。野宿するなどと言うものの、正直言うとビビリである。でも蒼緋がいるから大丈夫――だと思いトキワの森に足を踏み入れたけれど。
……どうやら無謀だったようだ。何この森、怖い。
自慢ではないけれど、私はシオンタウンのBGMが怖くて怖くて堪らない派の人間だ。ゲームでシオンタウンに行った時は音量を0にしたり、自転車に乗ったり、ポケモンセンターに駆けこんだり。
ある意味シオンタウンはトラウマだと遠い目をする私とは対照的に、いつの間にやら私の腕の中から這い出て擬人化して野宿の準備をしてくれている頼もしい相棒。
そしてそして、ここで一つ発見。進化の影響はどうやら擬人化した時にも表れているらしい。
私よりも身長が高くなっていて、進化前は少年だった蒼緋が青年になっていた。美形具合は相変わらずだけれど、幼さが抜けてきたせいか王子様フェイスとは少しなくなってしまった。うん、残念だけれど目の保養具合は変わらないね。
「ミライ。アホ面して突っ立ってないで手伝え」
「アホ面!? 一言余計!」
言葉に棘があるのも変わってないみたいだけどね!
ちなみにこの後。森に吹く風と木の葉がこすれ合う音に私の恐怖心が耐えきれなくなり野宿は最後の最後の選択とすることを決意したのであった。