09.


 輝く朝日が窓から差し込み部屋を明るく照らす。外でポッポ等の鳥ポケモン達が囀っている。ぱちりと瞼を開くと眩しい太陽の日差しが目に入りこむ。清々しい起床に気分は良好だ。
 この世界にトリップして今日で2日目。昨日はまさに怒涛の一日だったと今更ながらに思った。体中が筋肉痛で痛いけれどそれすらも、今は嬉しく思えた。
 昨日この世界での永住が決定だと知った後晩御飯を食べてお風呂に入り、すぐに寝た。自分が思っていた以上に体は疲れていたらしい。無駄に広い屋敷のような家なだけあってお風呂も大きかったし、私の部屋も前の家の時に比べて一回りは確実に大きかった。
 私と蒼緋はそれに感嘆するとともに、各々の場所ですぐに寝いった。ちなみに私はもちろんベッド。蒼緋は擬人化した姿で一緒にベッドで寝るのは気恥かしいらしい。私にとってもあんな美少年と同じベッドで過ごすなんてぜひとも遠慮したかったので原型に戻ってもらい私と同じベッドへ。尻尾の炎で布団が燃えないか心配だったけれど大丈夫だったようだ。

「おはよう、蒼緋」
『……ああ』

 スッキリさっぱりと起きた私とは対照的に、蒼緋は今だ眠そうだ。どうやら朝は弱いらしい。少しの間部屋の中を見渡したと思いえば少し考え込むようなしぐさをしている。

「……どうしたの?」
『……いや、俺が今いる場所は森じゃねえんだな、とな』

 ああ、なるほど。少し混乱したのか。まあそれも仕方がないと思う。何せ昨日の今日のなのだから。
 そこで蒼緋は私を訝しげに見た。『お前は大丈夫そうだな』と。世界を越え、今までの常識とは異なる世界に昨日来たばかりなのに平然としている私を疑問に感じたらしい。思わず苦笑した。

「そうだね。私でもここまで落ち着いてるのが吃驚なんだけど……。でもね、混乱することも考え尽すことも、昨日君と会った時に思う存分したんだ。……きっとね、蒼緋。異世界にトリップした人間がする一番最初の選択は――生きるか、死ぬかなんだよ」

 まあ結局、私にどちらかの選択をする必要はあまりなかったのだけど。
 私の言葉に彼は大きな目を見開いた。美しい空色の瞳が困惑するように揺れている。私はそれに微笑んだ。

「異世界に来たことに困惑し、現実を受け入れずにただ帰ることのみを想い祈っても何にもならない。私はね、そんなことをしている暇があるのなら少しでも早く現実を受け入れて世界に馴染む努力をすべきだと思うんだ」

 どこか凛としたその表情に蒼緋は感心したように頷いた。人の本性というのは追い詰められた時に良く出る。だからこそ昨日のような危機的状況で十分この相棒の本性というのを見ることが出来た。
 あまり考えずに突っ走る所もあるようだが、意外と思慮深い所もあるようだと蒼緋はミライへの認識を改めた。ポケモンに対する態度もいい。ポケモンも人と何ら変わりなく、一つの命として重んじるその姿勢。
 そして何より――。

 あの目だ。

 蒼緋は確信した。何故昨日、ミライに共に来るかと問われ頷いたのかを。
 あの時はただそれが一番最善だと思えた。何故なら蒼緋は認めていた。ポケモンにさへも人と同等の思いやりを見せるミライという人間を。
 それと同時にこれからこの世界では変わり者であろう異世界の人間がこの世界でどう足掻いて行くのかを。それを見てみたいという一種の好奇心。蒼緋は昨日自分の中で燻るその気持ちに動かされミライと来ることを望んだのだ。

 恐らく、自分の相棒となったこの少女は一度決めたことは中々譲らないだろう。昨日蒼緋を守るという意志で自らも危険な目に陥ったように。
 直情的で浅慮さが目立つが時折見せる鋭さ。それと同時に稀ではあるが思慮深い一面も見せる。普段はその直情的な部分と浅慮さが前面に出ているのが傷だが……それでもいいだろう。

 蒼緋は相変わらず自分を見続けるミライを見て思う。
 直感だが、この相棒と共にいると落ち着いた日常は送れないのだろうと思った。何かと面倒事に巻き込まれるに違いないと蒼緋は直感的に思っていた。
 だかそれでも構わないと思った。この少女は自分が認めた相棒だ。何か馬鹿をやらかせば自分がフォローしてやればいいだけのこと。

「おーい蒼緋君や。私何か変なこと言った? 何ニヤニヤしながらボケッとしてんの。気持ち悪い」
『一言余計だ馬鹿。アヤカさん呼んでるし、さっさとリビングに行くぞ』

 尻尾で軽くミライの頭を叩き、器用にドアノブを回して部屋の外に降りる。1階のリビングからはアヤカが作ったのだろう朝食の匂いが漂い鼻孔をくすぐった。トントンと階段を降り、後ろから慌ててやってくる相棒を見た。

「ちょ、待って! のわっ――」

 慌てるあまり足を滑らせて廊下と仲良く挨拶をする相棒に、冷たい視線を送ることも忘れずに。

◇ ◇ ◇


「――あー……いい天気。長閑だね、マサラは」
「……いや、長閑すぎるだろ」

 早朝から自宅で盛大にスライディングをかましたミライは赤くなっている額を気にしながらも太陽輝く青空の下、大きく伸びをした。
 2人の前方には広く続くマサラタウンの方々で仲良く会話する奥さま方や、畑仕事に精を出すおじさんとおじいさん。実に長閑だ。

 朝ごはんも食べ終え着替え終えたミライと蒼緋を待っていたのはミライの母、アヤカのこんな言葉。

「あんた達、どうせすぐに旅立つんでしょうけどマサラの人達に挨拶してきなさい。これからお世話になる事間違いなしなんだから」

 その言葉と共に二人仲良く首根っこを掴まれて家の外へと出された。ああ、お母さん相変わらず力強い、怪力母ちゃんだ。
 ポイッと外に投げ出され、とりあえずはご近所さんから一軒一軒挨拶をして回る。ちなみに蒼緋は擬人化しての挨拶だ。その方が奥さま受けがいいというお母さんからの助言を受けて。

「おはようございます!」

 家から10件目。全ての家を回ることは出来ないので挨拶回りもそこそこにて、家の庭でほっこりしているおじさまとおばさまに声をかけた。2人は私達に気づくや否やバタバタと家の中に入り大量のお菓子と袋を持ってニコニコとしながら出てきた。

「おう。アヤカちゃんとこの娘さんだろう! 朝っぱらから挨拶まわりかい?御苦労さんだなあー」
「はい、ユウキミライといいます。これからよろしくお願いします!」
「あらあら。堅苦しい挨拶なんていいんだよ。ほらミライちゃん。このお菓子持って行きな。手に抱えてるお菓子もこの袋にお入れ」

 おばさんは手に持っている袋に自分の持っていたお菓子を詰め込んで、私と蒼緋が持っていたお菓子も奪って袋に詰め込む。ちなみに私と蒼緋が持っていたお菓子は他の家に回った時に貰ったお菓子だったりする。
 おばさんは大量のお菓子が詰まった重たい袋を蒼緋に持たせる。
「君はミライちゃんの相棒かい? よかったねえミライちゃん。こんな美少年が相棒で」

 ほくほくと蒼緋を見つめてバシリと私の背中を叩くおばさん、それに便乗して蒼緋の頭をぐしゃぐしゃと撫でるおじさんの威勢のいい声が響く。

「おう坊主! どうせ昔のアヤカちゃんみたいにミライちゃんもすぐ旅に出るんだろうがよ、お前しっかり守ってやれよ? 男は頼りにされてるうちが華だぜ!」

 がははと大きく笑い声をあげつつ、お前どんな種族のポケモンだ? と気さくに話しかけるおじさんに蒼緋は驚きながらもヒトカゲだと呟いている。そうかそうかとおじさんは笑っているけれど、どうしてこの夫妻は蒼緋がポケモンだと分かってるんだろう。……あ、そういえば他の家の人達も分かっているような反応をしてたけれど。

「あらやーねミライちゃん。アヤカちゃんから昨日のうちに紹介受けてるもの。私の娘とその相棒が明日町を出歩くと思いますのでどうかよろしくって。だから皆知ってるのよ!」

 エスパーですかおばさん。私の心の中の疑問を敏感に感じ取ったおばさんはにこやかに言い放つ。そしてお菓子おじさんにぐりぐりと可愛がられていた蒼緋を解放させて私の隣に並ばせた。

「さてミライちゃん。ようこそこのマサラタウンに!」
「おう。何かあればすぐに言えよ? おじさんに思う存分頼ってくれて構わねーからよう!」

 ドンッと自分の胸を叩きながら頼れるおじさんぶりをアピールするお菓子おじさん。このマサラタウンの人の良さに嬉しくなり、私も思わず破顔した。蒼緋もいつもよりも表情が柔らかい。

「はいっ! よろしくお願いします!!」

 トリップして2日目。この世界でもきっと、やっていける。そう思えた日だった。
 その後も町を隅々まで歩き、いつの間にか空も夕焼け色に染まっている頃。マサラの人の良さに触れてマサラの人達から頂いたお菓子を一つ口に含みつつ笑う私に、隣を歩く蒼緋が柔らかく笑った。

「ミライ……、よかったな」
「――……! っうん……」

 柔らかく笑った蒼緋の顔がとても綺麗で思わず一瞬魅入った。そんな私に気づいたのだろう。次の瞬間蒼緋はいつものあの意地の悪そうなニヤリとした笑みを浮かべて笑っていた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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