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- ナノ -

05

男の大きくて温かい手が女の手を包み込んで、感触を確かめるようにぎゅうぎゅうと握っている。

…恥ずかしくておかしくなりそう。
それなのに目をそらすこともできなくて、うるんで滲む視界から目の前の男を見上げれば、まるで獲物の様子を観察するかのようにじっと見ているだけである。かすかな反応すら見逃さないようなその目に、カッと体が熱くなる。

思わずこぼれそうな熱っぽい吐息を我慢するように口を固く結んで、散らばりそうな思考をかき集める。なんでこんなことになっているのか。


「手が大きいね」


始まりはたったその一言だった。

***

「…………え?」
「前から思ってたけど、みょうじちゃんって結構手大きいよね?」
「そ、そうかな?」
「ちょっと合わせてみよ!」
「…え、」
「はい!手えだして!」
「…………………」
「わ!思ったより違う!やば!」


体育でペアになったその子にとってはきっとただの暇つぶしで、きっとただの雑談で。けれど悪気なく振られた話題に、反応に固まってしまう。"手が大きい"、それは私のコンプレックスなのである。

おとなしいからか華奢なイメージを持たれがちな私は、昔から手の大きさに驚かれることが多かった。顔に似合わないとか、変だとか意外だとか散々言われている。ピアノを弾く分には有利だった。でも私だって、なれるなら小さくて柔らかい女の子みたいな手になりたかった。昔から悪気なくからかわれ続けた事実を、未だに私は自分の個性だと認めることができない。

大きさを比べて興味が薄れたその子は、もう違う話に移っていた。ひっそりと私が傷ついたことにも気づいていない。ほかの人にとっては些細で、でも本人にとっては流せない。コンプレックスってきっと、そういうものなんだと思う。


「はあ」


今日何度目か分からない溜め息を吐く。放課後の誰もいない教室でそれは思ったよりも響く。あれからなんとなく気分が沈んでしまって、勉強にも全然集中できない。帰ろうと諦めて立ち上がると、後ろから声をかけられてめちゃくちゃ驚いた。


「溜め息つくと幸せが逃げるんだぜ!」
「、びっ…くりした」


練習着に身を包み、「よ!」と手を挙げているのは木兎である。部活は、と聞けば休憩中!と答えて、明日提出のプリント取りに来た!と机を漁る。一週間前に配られてるのにとちょっと呆れていると、無事に目的の紙を手に取ったそいつは傍らで立ち尽くす私を見て首を傾げた。


「なまえ、今日ずっと元気ない」
「え」
「なんかあった?」


鋭い。他人の機微に疎そうなのに意外と見てるんだなと、ゆるくまばたきをする。でも別に言うほどの事でもないし、どちらかといえば言いたくない。いま無神経に「そんなことで!?」とか言われたら結構へこむ。


「なんでもないよ」
「うそつけ」


にっこりと取り繕った笑顔を両断されて真顔になった。流されてくれればいいのに。言いたくないって気づいてよ。空気読んでよ。ばか。…それでも気が付かないからこそ木兎は木兎たるのだけど。

私なんかのこと気にしないでいいから部活に戻ったらとかわいくない事を言えば、木兎の右目がピクリと動いた。あっという間に壁際に追いつめられて、そいつは耳に口を寄せる。甘えるようにひそめられた声が、鼓膜を揺さぶる。


「なあ、おしえて」


私がそれに弱いって知っててやってるのは卑怯だと思う。ずるい。ぶるりと震えそうになるのを我慢して、ぎゅっと目をつぶる。言わなきゃどかなそうな雰囲気に、観念して口をひらいた。


「なまえ?」
「…その、」
「うん」
「今日、手大きいねってクラスの子に言われて…」
「…………」
「自分でも気にしてたから、ちょっとやな気持ちになってた、だけ」
「手大きいの?」
「小さいころからピアノやってたからか分かんないけど、女の子の中では大きい方…だよ」


ほら、と俯いたまま手を開いて前に出す。木兎にまでほんとだ!すげーでかい!とか能天気に言われたら嫌だな…そう思っていると、突然手のひらに熱を感じた。思わず顔をあげれば、そいつはぴたりと手を合わせてなぜか勝ち誇っている。


「おれの勝ち!」
「……は」
「おれのほうがでかい!から、おれの勝ち!」


当たり前である。当然のようにバレーのボールを片手で持てる人と比べないでほしい。というか手の大きさで木兎に勝てる男の子だってそうそういないだろう。

要するに、おれより小さいんだから気にすんな!と言いたいのかなと解釈した。だからって流石に比較対象が規格外だし、励ます方向がワールドワイドすぎる。思わず笑うと、不意に指に熱が絡まった。


「…………え」
「……………」


こ、恋人繋ぎ。ぴしりと固まってじっと見上げていると、そいつは目を細めてするりと絡めた指を遊ばせる。男は誰の邪魔も入らないこの状況をいいように捉え、好きな女の子に意識してもらおうと甘い声を出した。


「…つーかちっちゃいじゃん」
「、え」
「すべすべしてやぁらかいし、」
「……っ」
「ふつうに女の子の手って感じ」


耳元に口を寄せて吹き込むように囁きながら、大きくて温かい手が私の手を包み込む。隙間なんてないくらい密着して、指先が感触を確かめるようにぎゅうぎゅうと握る。

恥ずかしくておかしくなりそうだった。
緊張で指一本動かせないまま固まっていると、そいつはぴんと伸びた私の指先をするするとなぞって指の間まで滑らせる。ゆるゆると撫でられたあと、そこをかり、と軽く引っかかれた時、ぞくりと何かが走ってたまらず声が漏れた。


「……っ、ぁ、」
「やらしー声」


色が滲んだ声がいじわるく響く。
…誰のせいで。うるんだ目で睨めば、熱を孕んだ目とぶつかる。たべられちゃう。いつか、絶対に。反射的にそう思った。


「はやく、おれを好きになって」


切実な声にきゅんと胸が痛む。
指に絡まる熱は、ひどく熱かった。
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