※仁王に嫌われます。
※なんでも許せる人向け






最高に優しく、最悪に嫌っている女がいる。

同じクラスの、ほら、あの偽善者、じゃなくて。

名前は確か、名字だったか。

いつもヘラヘラと笑いながら、一軍の口のキツそうな女にこき使われてる。
女子の世界はヒエラルキーが出来ていて、息苦しいからそうしなければいけないことは知っているけれど、視界に入る度に映るアイツは、まるで家庭をもった中堅の中間管理職サラリーマンのようで。

見ているだけでも惨めなやつ、なんて思う。

「んじゃ、これお願いー!」
「うん、分かった」

ニコリ。

愛想のいい笑顔を貼り付けて、緩くウェーブのかいた髪を見送ると、決まってアイツは下を向くのだ。

嫌なら断れよ。

イエスとしか言えない日本人だとか、女子のヒエラルキーに縛られるだとか、そんなつまらんモノに肉が食い込むほど縛られては、その傷を舐めるように下を向くなら。

何度も、その見えない傷のついた腕を掴んで、ピシャリと雷のように言い放ってやりたい言葉だった。

優しさとか、同情だとか、そんなものじゃない。

ただ見てるとイラつく。

ゲームでも要領の悪い進め方をするプレイヤーは、俺は嫌いなのだ。

アイツも、もっと要領よく生きれば楽になれるのに。

そんなお節介を焼くような間柄でも、ましてや話したこともない距離だというのに、アイツに対して心の奥底に、ゴミ箱のように着実に減ることなく溜まっていくこの気持ちは、一体なんだ。

「(気持ち悪ぃ、)」

そう訴えかけるように見据えたアイツと、バチりと目が合った。

いつも隣に勝手に付きまとってくる奴らには、反応を楽しむ為に目をそらすまで合わせているのに、どうしてなんだ。

ボロボロに傷ついている筈の瞳は、夏の縁日に輝くラムネのビー玉のように酷く澄んで、俺の心臓を撫ぜるように、ドキリとさせる。

咄嗟に目を逸らしては、舌打ち。
こんな醜態では、自称クールな仁王雅治が泣く。
あんな奴にかき乱されるなんてのも、性にあわない。

あんな奴、もう二度と見てやるもんか。

ガラス越しに見えるアイツを睨みながら、俺は訳もなくトイレへと足を向けた。





「おや、仁王くん」
「おう、奇遇じゃな」

アイツと同じ風紀委員の柳生が洗面で髪を整えていた。
相変わらずの七三分けは、いつ見ても同じ生え際から分けているのかと疑いたくなるほど正確さだ。

整髪料のついた手を洗い終え、ハンカチで手を拭うと中指で眼鏡のブリッジを上げた柳生は、用事を思い出したように、ああ、そういえば、と呟く。

「仁王くん、この間の服装違反でペナルティがありましたよね?」
「…はて、何の話じゃ?」
「とぼけてもダメですよ。中庭の草抜き、きちんと今日中に終わらせておいて下さいね」
「ぷりっ」

流石ダブルスパートナーと言ったところか、渾身の演技をしてみても嘘は通じないらしい。

お茶を濁すように口癖を残すと、柳生はそれでは授業開始5分前なので、これで失礼します≠ニ、軽く会釈をして、姿勢よく教室まで向かっていった。

呆れるほど真面目なその姿は、さっきまで苛立っていたアイツの影と重なっては、夢から覚めて痛みを思い出したかのように、さっきまでのあの瞳を思い出してしまう。

くそ、ついてくるな、俺に、入ってくるな。

追い出そうとすればするほど、頭の中でアイツの存在が反芻して焼き付く。
紙についた炎の如く、静かに侵食される感覚が、いつも俺に謎の焦りを感じさせた。

イライラ、イライラ。

教室のドアを乱暴に開けると、近くにいた生徒は驚いたようにこちらを見ていたようだが、気にせず足はあそこへと向っていく。

不快で不可解な感情と、夏の暑さ、宛どころのない苛立ちは、いつしかそいつに飛び散る。
仕方ないだろう、お前が俺に入ってくるのなら、俺だってお前に仕返しする権利はある筈だ。

「なあ、名字さんよ。少し頼み事があるんじゃが」

せっせとノートを写す小さな背中は、どうしてだか随分とくたびれて見えたが、声を掛けられたと分かった瞬間、柳生と同じくシャンとした背筋になった。

そしてこちらに向くまで、ほんの数秒の間しかなかったはずなのに、スローモーションであのヘラヘラ仮面をかぶるアイツが見えた。

「なにかな、仁王くん」

仮面を被っているからだろうか、さっきまでの目とは何かが違うが、今度は慌てて逸らさなくて済む。
俺は平静を保ち、アイツと同じ、詐欺師の仮面を被るのだ。

「風紀委員でペナルティが俺にあるじゃろ?」
「ああ、草抜きね。あれ今日までじゃなかった?」
「そ、でも今日は生憎部活が忙しくてな」

変わりにお前、やっといてくれんかの。

なんて言えば、何の関わりもない男に唐突にパシリを喰らって少しは顔を曇らせるだろうか。
それに今はテスト期間中で、部活動はどこもテスト勉強に専念するよう中止している見え透いた嘘もついてやったんだ。

こんな安いペテンなど、買ってくれるな。

そしてどうだ。さぁ、さぁ、その薄汚れた仮面、少しは取ったらどうじゃ。

「なら、私やっておくよ?」

ニコリ。

仮面を取ろうと伸ばしたその手には、アイツの柔く、生暖かい皮膚。
しかしながら、崩されることのないその笑に、思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。

ああ、こいつ、仮面に喰われてる。

「おう、すまんな(やっぱり気持ち悪ぃ、おんな)」

「いいよ、気にしないで」

これじゃぁのっぺらぼうの方がよっぽど表情豊かでマシだ。

それに、こんな駄作のペテンに掛かった馬鹿は初めてだ。
いいや、寧ろ、奴は安売りのペテンだと承知の上で敢えてそれを買ったのだとしたらば、尚のこと、きっと俺はあの女を許せそうにはないだろう。


背筋に走る悪寒と、苛立ちと、なにかが、混ざっては異臭を放って静かに奥底へと溜まっていく。


やはりアイツは最高に優しくて、最悪に嫌っている女だ。

prev next
back


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -