暇だ。
英語の授業は得意教科だから聞いてなくても普通に出来てしまう。
だからといって、堂々と襲い来る睡魔に負けて寝るわけにもいかない。
授業態度も通信簿に書かれるんだから、真面目なフリしないと。
あー、でも眠いな。休憩時間に友達と話してる時は全然眠くないのに、なんでこんなに授業だと眠くなるんだろ。
必死に睡魔を拭おうとしても、無理だ。奴の前ではどんな強靭な人間でも打ち勝つことができまい。
誰か話し相手がいればなぁ…でも授業中話すのはダメだし…。
眠過ぎて意味もなく机の上を見渡すと、メモ帳が目に入った。
……あ、そうだ!
“海堂くん、英語得意?”
そう書いたメモ帳を、先生が後ろを向いているタイミングで差し出す。
こういうのあんまり好きそうじゃないから乗ってこないかと思ってたけど、意外にも彼は、それを見るとメモ帳に何かを書いてくれているようだ。
暫くしてから、返ってきたメモを受け取る。
律儀に小さく折ってあるのが海堂くんらしい。
“得意だ。しっかり授業聞け”
簡素な答えと注意。
海堂くんらしいなぁ。
でも海堂くんも得意でよかった、今日の授業はあんまり聞かなくても基礎がわかれば充分出来るところだから、彼が嫌がってなければ気兼ねなくメモで話せる。
“ごめん、すごく眠くてさ。でも、起きてたいから話し相手になって欲しいんだよね。ダメかな?”
書いたそれを海堂くんに渡すと、特に嫌がる様子もなくすんなりと受け取ってくれた。ちょっと意外かも。
“仕方ねぇ、相手してやるから寝るんじゃねぇぞ”
“うん、ありがとう。海堂くんって丁寧な文字書くよね。習字習ってたの?”
“いや、だが去年は書き初めで賞もらったな”
海堂くんって、いろんなことに一生懸命真面目に取り組む人だから、マラソンとか掃除の賞も確かとったことあるんだよなぁ。
受賞がある全校集会で何回か名前呼ばれてたから、海堂くんはちょっとだけだけど、他のクラスでも知ってる人は多い。
“すごいね!その書き初めってなに書いたの?”
“蛇の道は蛇”
返ってきた手紙に、思わず吹き出してしまいそうになった。海堂くん、もしかして狙って書いたとか…?
“なんていうか、海堂くんらしいね”
“どういうことだ”
あれ、ちょっと怒ってる?
海堂くんを見ると、ギロりと私をガンつけていた。まぁ、そこまで本気で怒ってる訳じゃないのは分かるけどやっぱりちょっと怖いな。
書くスペースがもう無くなってきたから、新しくメモ帳から1枚破る。
“ごめん、でも海堂くんってマムシ?って桃城くんによく呼ばれてるじゃん?”
“俺はその呼ばれ方好きじゃねぇ”
“ごめんね。でもなんでマムシって呼ばれ始めたの?”
“俺のテニスプレイがマムシみたく粘り強いからそう呼ばれてる”
なるほど、だからマラソンとかシャトルランとか得意だったんだ。
私は、体力測定の時に彼がそんなに走ってて倒れないかヒヤヒヤしながら見守っていたことを思い出した。
“へぇ、海堂くんのテニス見たことないから知らなかったなぁ…海堂くんがテニスしてるとこ見てみたいかも”
だいぶん目が覚めてきたけれど、海堂くんとのやりとりが楽しくてキリがない。
でもそろそろ迷惑だから名残惜しいけど止めないと。次の返信で最後にしようと、返ってきたメモ帳を開く。
“今週の土曜に練習試合がある。”
それってもしかして、見に行ってもいいってことなのかな…?
もしそうだったら、海堂くんは私に試合を見に来ても不快じゃないレベルのお友達になれてるってことだよね。
だったら嬉しいなぁ。なんだか誰にも懐かない動物に心を許された気分だ。
“行ってもいいかな?”
一応、確信はまだ掴めていないので確認をしようとメモを渡す。
…これでダメだったら結構へこむかも。
“好きにしろ”
簡素に書かれた返信に、思わず顔が綻びそうになる。
うちのテニス部強いって聞くから、レギュラー入りしてる海堂くんのプレイって凄いんだろうな。週末まで待ちきれないかも。
誘ってくれたお礼の返信を書こうと新しい紙をとると同時にチャイムがなった。
残念だな、もうちょっと話してたかったんだけど…。
授業も終わったことだし普通に話せば良いのは分かっているけれど、メモで会話する方が2人だけの秘密を共有してる特別な感じがして私は好きだ。
あのメモが返ってくるのを待つ時間も含めて。
「おい」
メモを大事におって、ファイルにしまっていると海堂くんが教科書を片付けながら話しかけてきた。
「なに?」
「土曜日、10時からだ」
「練習試合のことね。誘ってくれてありがと、何か差し入れ持っていこうか?」
「別にいい。普通に見に来い」
「うん、じゃぁ土曜日楽しみにしてるね」
寂しく穴の空いたスケジュール帳の白を、緑色の文字で塗り替える。
ついでに、土曜日10:00から練習試合!の下に、蛇のイラストを付け加えて。
****
「海堂、今日は随分と練習に気合が入ってるな。オーバーワークにならないように注意するんだ」
「乾先輩、分かってますよ。でも土曜日の練習試合、負けるわけにはいかねぇっすから」
「それを差し引いても、いつもより力を入れているような気がするが…」
「き、気のせいっすよ……フシュゥゥゥ…俺、走ってきます」
「……ああ(なにか原因がある確率98パーセントだろう。興味深いな、一体何が海堂のモチベーションを上げているのか…。土曜日の海堂には要チェックだ)」
「(察しの良い乾先輩だけには、名字のこと知られたくねぇな…気をつけねぇと…)」
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