甘いネクタイ





腕を通すYシャツは相変わらずの縒れ具合で、付けた時計も明らかに安物だ。その革靴の底は磨り減っているだろうという私の予測も、先ず間違いない。

机の上に皺くちゃの諭吉を二枚置いて、「お小遣い」と貴方は私の頭を撫でた。

毎週月曜日に私を買う人。一週間で二万円も消費するほど私は浪費家ではないのに、何時も馬鹿みたいに置いて帰るから、私の宝物箱は貴方がくれた万札で一杯になっている。

「自分の為に使えばいいのに」
「いいんだ。僕はお金持ちだからね」

全くそうは見えない。


カフスボタンを填め終えると、貴方は私に向き直った。服の代わりに巻いていたシーツをずらし、剥き出しになった私の乳房を、形を確かめる様な手付きで揉む。

「僕のこと、好きかい?」

今度は私の乳房を計量する様に手を上下させる。何が楽しいのか分からないが、貴方はよく私のDカップを量ろうとする。

「愛はお金で買えないのよ」

私がそう云うと、貴方はくつくつと悪戯っぽく笑い、私の口角に小さな音を立てて口付けた。



二〇〇五年八月。掃溜めの様なヒートアイランドではクールビズとやらが騒がれていたけれど、貴方は律儀にネクタイを結ぶ人だった。

Yシャツもジャケットも、地味で飾り気のないもののローテーションである貴方が、ネクタイだけは誰が選んでいるのか、奇抜なものが多い。

その日は茹だる様な暑さで、クーラーを付けていない部屋では息をするのも億劫なほどだった。

何時の間にか眠ってしまっていた私が眼を覚ました時、貴方は既にYシャツを着終えネクタイに手を掛けていた。決してスマートとは云えない身体に赤色のネクタイとは、眠気眼に随分シュールな映像だ。

「赤のタイが似合う人なんて、そうそう居ないのよ」

私の声に顔を上げた貴方は「有り難う」と嬉しそうに頬を緩ませたけれど、勿論貴方も似合わないという意味で云ったのだ。



あれから、夏の暑さは年々酷くなっている気がする。けれど乳房から手を離した貴方は、ハンガーに掛けてあったネクタイを当然の様に首に巻いた。

今日も貴方は赤色のネクタイだ。

何時云ったかも思い出せない――正確に云えば、何時云ったかは克明に憶えているのだけれど――私の言葉に微笑んで。

夏の暑さと共に増す貴方のウエストに垂れ下がる赤色のネクタイは、やはり何処か笑いを誘うものがあるけれど、多分私は、貴方のそういうところが、とても好きなのだ。


「赤のタイが似合う人なんて、そうそう居ないのよ」

私の声に顔を上げた貴方はまた悪戯っぽく笑い、今度は唇に先ほどよりも甘い接吻をくれた。







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