男とジェラートと紳士 二番街左手にある交差点近くの公園前にあるジェラテリアは俺のお気に入りだ。 お勧めはミント。あのフレーバーは堪らなく五感を刺激する。 だけど一番好きなのは、やっぱりストロベリー。苺批判をする奴か若しくは苺好き批判をする奴に大した奴は居ない。これは俺の持論なんだけど。 「苺が好きなら幾らでも買ってあげよう」 馬鹿な男がいた。ホモなんてこの町じゃ珍しくない。だけど金曜の午後二時に公園をふらついている青少年を吹っ掛ける初老の男が居るとすれば、そいつは馬鹿だ。 「いいや、俺はここのジェラートが好きなんでね」 そいつは軽く笑って帽子を上げ、「また会いに来るよ」と云った。 そのジェラテリアが店を畳むという話を耳にしたのは、過去最高気温を叩き出した夏のことだった。今ここのジェラートが食べられなくなるのは俺にとって死活問題だ。 「また何で。そんなに赤字経営だったのか」 店主に問うと、彼は困った様に笑った。前々から借金をしてまでこの店を続けていたらしい。 何にせよ、しがない俺にはどうすることも出来ない話だ。 「全く、何だってんだ」 「どうしたんだい。そんなに怖い顔をして」 何時だったか、ここで声を掛けてきた男だった。経緯を説明したのは、そいつの指に太い金の指輪が填められていたからだ。 「私が何とかしてあげてもいいが、君が今日のランチに付き合ってくれるならね」 金持ちっていうのは全く何を考えているのか分からない。成金野郎は大抵変態趣味だし、生活水準を上げる前にコモンセンスを身に付けるべきだろう。 でもまあ、爺さんと昼飯を食うぐらいでここのジェラートを守れるなら安いものか。 「今日はパスタの気分なんだ」 俺が紹介した安っぽいイタリアン料理屋でそいつは舌鼓を打った。 ワイングラスを慣れた手付きで傾け、フォークさばきも中々のものだ。だけどトマトソースが白髪まじりの髭に付いている。その様が可笑しくて俺は笑った。 「笑うと殊更死んだ妻にそっくりだ。妻もあそこのジェラートが好きでね、よく二人で食べたものだ」 そいつが笑いながら泣いたので、月に一度ランチをご馳走される羽目になってしまった。 [back] |