ヤマアラシ (1/3)





「もう会わないようにしよう。本当に、もう……」


汗と微量のアンモニア臭。体液で湿ったぐしゃぐしゃのシーツの上で、私の肩に頭を擦り付けながら、彼はいつもと同じ台詞を吐く。

身体中が軋み、彼の腕が乗る脇腹には青痣が出来ていて、そこが悲鳴を上げていた。倦怠感に支配されるこの瞬間が私は一番好きだ。


後頭部から鼻水を啜る音がする。

出会った時からよく泣く人だとは思っていた。行為が終わると、彼は決まって「もう会わないようにしよう」と云う。それは彼にとって懺悔の様なものだ。自分に言い聞かせる様に呟いては、私に傷を付けたのは自分だという事実に、絶望する。

そういう憐れな彼の低い声は、私の鼓膜を心地好く振動させた。彼が絶望する自身に陶酔していた様に、私も彼を絶望させる自身に陶酔していたのだ。


お互い駄目な人間だったんだと思う。

根本が欠陥品だった。それは大概単純な問題で、だからこそ直視せざるを得なくて、だけど抑え込むには大き過ぎて始末のしようが無いものだった。

だから依存し合うことは自然だったのかもしれない。そうすること以外に、自分を守る方法が分からなかった。

勿論社会的なレベルで云うならば、彼はそこそこ上の方だと思う。会社に勤めて、収入を得て、自分のことは自分でする。根は真面目なんだ。それが彼を余計に苦しめているのだけれど。

其処へ行くと、残念ながら私はレベル2が良いところだろう。万年フリーターで未だに親の脛をかじり続けているし、だからと云って夢があり何かに打ち込んでいるというわけでもない。こっちは生き方まで欠落している。


そういう私のぽっかりと空いた部分に、彼はすっぽりと納まった。

必要とされるというのは嬉しい反面重たいものだ。けれど彼の場合、私を求めはするが私に何かを要求したり期待したりすることはない。彼を受け止める存在として其処に居るだけでいいのだ。

そういう関係は緩くて楽だった。

曖昧な分、何も考えないでいようとすれば何も考えないで済む。欲の上にだけ成り立つそれが、正直有り難かった。


彼からの連絡が途絶えたのは、そういう中途半端な関係を始めてから半年が過ぎようとしていた頃だった。

元々私からは連絡をしないというのがルールで、いや、これは私のちんけなプライドの問題で、二人で取り決めた話ではないのだけれど。だから彼が私に見切りを付ければ容易く終わる関係だということは分かっていた。分かっていた筈なのに、それが現実味を帯びて初めて、私は分かっていなかったという事実に気が付いてしまった。

誰でも良かったのだ。私を埋めて、満たしてくれる人なら。

彼と会う傍らでも他の男とは寝ていた。だからそうだと思っていたのに、彼が居た場所は余りにも大きくなってしまっていたらしい。


コールボタンは案外簡単に押せた。

身体を芯から疼かせる不愉快な熱に比べれば、掲げて来たプライドなど造作もない。

コール音後直ぐに彼は出た。彼の性格からして、着信拒否や番号自体が変わっている等ということは無いだろうと思っていたが、呆気ない対応に少し驚いた。

もしかしたら私に連絡する暇が無い程忙しかったのかもしれないという考えが頭に浮かんだが、今まで聞いたことのない彼の静かな声に、期待は直ぐに消えてしまった。




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