短編 | ナノ
ほしい言葉


小さい頃の私はよく、結婚だとか、子供とか、そういったごくありふれた幸せに憧れを抱いたりしていた。今思うと、あの頃の自分が恥ずかしくてたまらない。
小学生のころ、友達に半ば強制的に見せられた成人向け雑誌。何とも言えない内容に吐き気がしたのは今でも鮮明に覚えている。
「なんかね、お姉ちゃんが言ってたんだけど、男の人は体がほしいから愛をあたえて、女の人は愛がほしいから体をあげるんだってー。」
友達が軽く言ったその言葉が、私の理想を見事に崩壊させた。
それからというもの、男性恐怖症とまではいかないが、派手な男の人が怖くなった。男の人に絶望したというのに、やはり人間は愚かなもので、私は高3のころ、恋をしてしまった。クラスの、小柄ではあるが、真面目そうでで優しい男の子。この人なら大丈夫だろうと謎の確信とともに募らせる恋心。思いきって告白してしまおうかと悩んでいた放課後、私はとんでもない光景を目の当たりにする。
「はぁ…あっ、ん…そこ…やぁ」
「そんなに声出したら、ほかの人に見つかっちゃうよ?」
「だって…ああっ!」
何度目をこすれど、何度瞬きを繰り返せど、目の前の光景は変わらない。
あられもない彼女の姿、いやらしい水音、乱れる息遣い。今の私にはとても処理できない光景に、立ち去りたくても、ただ立ち尽くすことしかできない。目をそらしたくても、そらすことができない。視界が歪む。頬に熱いものが伝った。自分が泣いていることに気づいた途端、勝手に足が動いた。どこか当てがあるわけでもないのに、私の足は止まることを知らない。その間にも、いろんなものがあふれ出る。
振られてしまったのか、ということ。いつもの姿は嘘だったのか、ということ。私はあんな男に騙されていたのか、ということ。悲しみと怒りが入り交ざり、頭が痛い。眩暈がする。気持ちが悪い。
たどり着いたのは体育館裏。自分でもなぜここに来たのかわからない。ただ本能的に、ここに来れば何かが起こるのだろうと思ったのか、ただただそこで泣いていた。
「大丈夫ですか?」
「!?」
「どうしてここにいるんですか?」
「え…」
声のする方を見れば、背の高い男の人。
「わ、わからない。」
「何でわからないの?」
「なんとなく、来ただけだから。」
「じゃあなんで泣いているの?」
「い、言いたくない。」
いきなり現れては踏み込んだ質問をしてくる失礼な男。というのが第一印象。でも物腰は柔らかく、何を考えているからからない。人のいい顔も、本当なのか嘘なのか、今の私にはわからない。彼が何を言いたいのかも、彼が私にどんな回答を求めているのかもわからない。
「ねえ、どうしてほしい?」
「は?」
「見て見ぬふりをしてほしい?それとも、」
「それ、とも…?」
「…同情してほしい?」
「!」
彼の言葉で我に返る。一気に頭が冴えて、視界がクリアになる。
(ああ。一番愚かだったのは――)
――私だ。
勝手に絶望して、勝手に恋に落ちて、勝手に怒って、勝手に泣いて、ほんと、バカみたい。
「私、は…」
言ってもいいのだろうか。こんな私が、言っていい言葉なのだろうか。
「大丈夫。どんな言葉も受け入れるよ。」
「っ!」
やっぱりこの人は…
「傍に、いてほしい。何も…何も話さなくてもいいから、傍に…いてほしい。」
「うん、喜んで。」
やっぱりこの人は、私のほしい言葉をくれる。
私はこの空間を、なによりも大事にしたいと、そう思った。


    
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